第弐話「歳三 故郷へ」

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この男にしては珍しいことである。慣れ親しんだ者にしか、このように腹を割った自分の内面を見せることをしない男なのだ。 それに酒も嗜む程度だが、 「この酒も妙な味だが」 缶チューハイをしこたま飲んでいる。 「でも、これなら戦向きだな。携帯に便利で何時でも飲める。 函館でもコレがあれば──」 そこまで言いかけ、歳三は口をつぐんだ。 『あれは負け戦』とでも言いたかったのだろうか。 その言葉を、この男特有の矜持で呑み込んだようだ。 「歳三さんはここに来る前の記憶はありますか?」 「市村鉄之助を外国船で逃し、弁天台場で孤立した仲間の新選組を救出するため、一本木関門に向かったとこまでだな」 市村鉄之助は新選組最後の附属少年兵で、函館決戦の前に写真と書付を託し、幼い頃世話になった佐藤彦五郎へ外国船で逃がそうとした。 この命令に、最後まで付き添うと言った市村を「わが命令に従わざれば今討ち果たすぞ」と歳三が一喝したという。 なお、市村は無事佐藤家に辿り着き、命令通り写真と書付を手渡した。その後、明治十年の西南戦争で戦死したと伝えられている。 アサコが神妙な顔をして、コトノに耳打ちする。 「どうも妙だね。あたしのプログラムでは土方歳三が30歳まで、池田屋事件までだよ。 でも、この歳三さんは35歳の亡くなる前の記憶がある……。 5年のブランクが介在している」
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