第弐話「歳三 故郷へ」

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歳三が十一歳の時、江戸上野の伊藤松坂屋呉服店に丁稚奉公している。ここは現在の松坂屋百貨店の前身である。 また十七歳の時には、江戸日本橋の呉服屋に奉公している。この時は女性関係で問題を起こし、短期間で暇を出されてしまった。 「お客様も同じ業界でしたか」 女子店員は同じ業界だと聞き、急に親近感を覚えたようだ。 「お逢いできて光栄です、隼人と呼んでください。貴女の名は?」 歳三は女子店員の胸のネームプレートを見た。『林田』と刻印されているが、第2ボタンまで外された胸の谷間にも視線を浴びせる。 「は、林田です」 「いいえ、下の名前は?」 「由美です、隼人さん」 「ああ、由美、良い名だ」 歳三は切れ長の龍眼から煌めく瞳で、女子店員の潤んだ瞳を間近に見た。いつの間にか、その手を握っている。 「それでは由美、試着したいから手伝ってもらえるかい?」 「はい」 誘蛾灯に誘われる蝶のように、歳三の請いに従う女子店員。 「その赤いネクタイを」 「ワインレッドですね」 「ネクタイの締め方が苦手なので、結んでくれるかい?」 女子店員は濃朱のネクタイを握ったまま、歳三と一緒に試着室に入りカーテンが閉められた。 やがて閉められたカーテンの中から「ああ、駄目」「隼人さん、はやく」と女子店員の喘ぎ声が漏れ出した。 しばらくゴソゴソとカーテンが揺れた後、カーテンが引かれスーツを着た歳三が出て来た。 中では女子店員が上気した顔でうずくまっている。息も荒く、まるで情事の後のようだ。
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