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ワインレッドのネクタイに濃紺のイタリア製スーツを着こなした歳三が、呆然としているアサコとコトノに声を掛けた。
「何してやがる、行くぞ」
「えっ、えっ、料金は?」
「店のモニターとかでタダで良いとさ」
歳三があっさり答える。
「……歳三さん、唇に口紅が付いてるよ」
アサコが注意すると「おっと、いけねえ」と歳三が袖で唇を拭いた。
先程と打って変わって伝法に振る舞う歳三だが、スーツを着た歳三は匂い立つような男の色香を感じさせる。
「ありゃ、ヤったね」アサコが呟いた。
「なんか凄いね」コトノも呟く。
嫉妬しているかと思ったアサコは、コトノの意外な返事に驚いた。
「意外だね、嫉妬しているかと思ったよ」
「そうでもないよ。だけど縛ること出来ない人だから」
複雑な表情をするコトノを見て〈恋愛ではない感情で歳三を見守っているのか〉とアサコは思った。
男が欲求を満たした後は、何故か喪失感が付き纏うものである。
再び日野へ向かう車内は、どことなく気不味い雰囲気が漂っていた。
「建物がいっぱいで日野だとわからねえ」と歳三が呟く。
「そうだね」とコトノが答える。
「だが山並みは変わらねえな」と歳三が呟く。
「そうなんだ」とコトノが答える。
歳三は自分から非を認める男ではないと思うが、それ以前に恋人関係ではないのだから、これは歳三なりに罪悪感を感じているのだろうか。
放浪癖のある猫が久しぶりに帰って来たが、主人の機嫌を損ねて餌が貰えない。そんな御主人様とペットの関係。
二人の関係がそんな雰囲気に似ていて、アサコは可笑しくなった。
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