第弐話「歳三 故郷へ」

12/14
前へ
/216ページ
次へ
ワインレッドのネクタイに濃紺のイタリア製スーツを着こなした歳三が、呆然としているアサコとコトノに声を掛けた。 「何してやがる、行くぞ」 「えっ、えっ、料金は?」 「店のモニターとかでタダで良いとさ」 歳三があっさり答える。 「……歳三さん、唇に口紅が付いてるよ」 アサコが注意すると「おっと、いけねえ」と歳三が袖で唇を拭いた。 先程と打って変わって伝法に振る舞う歳三だが、スーツを着た歳三は匂い立つような男の色香を感じさせる。 「ありゃ、ヤったね」アサコが呟いた。 「なんか凄いね」コトノも呟く。 嫉妬しているかと思ったアサコは、コトノの意外な返事に驚いた。 「意外だね、嫉妬しているかと思ったよ」 「そうでもないよ。だけど縛ること出来ない人だから」 複雑な表情をするコトノを見て〈恋愛ではない感情で歳三を見守っているのか〉とアサコは思った。 男が欲求を満たした後は、何故か喪失感が付き纏うものである。 再び日野へ向かう車内は、どことなく気不味い雰囲気が漂っていた。 「建物がいっぱいで日野だとわからねえ」と歳三が呟く。 「そうだね」とコトノが答える。 「だが山並みは変わらねえな」と歳三が呟く。 「そうなんだ」とコトノが答える。 歳三は自分から非を認める男ではないと思うが、それ以前に恋人関係ではないのだから、これは歳三なりに罪悪感を感じているのだろうか。 放浪癖のある猫が久しぶりに帰って来たが、主人の機嫌を損ねて餌が貰えない。そんな御主人様とペットの関係。 二人の関係がそんな雰囲気に似ていて、アサコは可笑しくなった。
/216ページ

最初のコメントを投稿しよう!

119人が本棚に入れています
本棚に追加