第弐話「歳三 故郷へ」

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遠くで子供が遊んでいる。 しかし歳三の眼は、橋のたもとに佇む一人の男に向けられていた。 ここまで来て、コトノもアサコも硬質の気配に気が付いた。 空気が鉛を流し込んだように重く、その流動が無音の軋みを上げているようだ。 殺気か!? いや、橋のたもとに佇む男から、獣臭のように滲み侵食していく異質の気だ。 「コトノハ、その竹藪に隠れていろ」 河堤の脇に群生する竹藪を顎で示し、歳三は静かに二人を促した。 橋の影のたもとから、男は身体を揺らすことなく歩む。 歳は壮年だろうか。 だが、滲みだす獣臭が如き気配が、男に獣のような荒ぶる野生を感じさせた。 四方に伸びる白い蓬髪に、瞬きをしない鷹のような眼。薄紅色の着物は緩むことなく男の身体を包んでいる。 そして、その両の腕に日本刀が握られていた。 右手に本差を、左手に脇差しを、だらりと垂らして自然体の構えだ。 無縫天衣ー そんな形容の蓬髪の壮年である。 「貴殿の名は?」 風に流して男に届くような声で、歳三が静かに尋ねた。 「新免武蔵」 蓬髪の男は、唄うように名乗った。 「宮本武蔵!?」アサコが驚嘆する。 「剣気に誘われるまま、此処に来たが……宮本武蔵殿とは恐れ入る」 宮本武蔵と名乗った男は、重力に逆らうように、ゆったりと両の腕の二刀を拡げた。 兵法二天一流剣術が謂う二刀の『無構(むがまえ)』 「主(あるじ)の命により、お主を斬る」 鉛のような声で、宮本武蔵は宣言した。 第参話「土方歳三 対 宮本武蔵」に続く──
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