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遠くで子供が遊んでいる。
しかし歳三の眼は、橋のたもとに佇む一人の男に向けられていた。
ここまで来て、コトノもアサコも硬質の気配に気が付いた。
空気が鉛を流し込んだように重く、その流動が無音の軋みを上げているようだ。
殺気か!?
いや、橋のたもとに佇む男から、獣臭のように滲み侵食していく異質の気だ。
「コトノハ、その竹藪に隠れていろ」
河堤の脇に群生する竹藪を顎で示し、歳三は静かに二人を促した。
橋の影のたもとから、男は身体を揺らすことなく歩む。
歳は壮年だろうか。
だが、滲みだす獣臭が如き気配が、男に獣のような荒ぶる野生を感じさせた。
四方に伸びる白い蓬髪に、瞬きをしない鷹のような眼。薄紅色の着物は緩むことなく男の身体を包んでいる。
そして、その両の腕に日本刀が握られていた。
右手に本差を、左手に脇差しを、だらりと垂らして自然体の構えだ。
無縫天衣ー
そんな形容の蓬髪の壮年である。
「貴殿の名は?」
風に流して男に届くような声で、歳三が静かに尋ねた。
「新免武蔵」
蓬髪の男は、唄うように名乗った。
「宮本武蔵!?」アサコが驚嘆する。
「剣気に誘われるまま、此処に来たが……宮本武蔵殿とは恐れ入る」
宮本武蔵と名乗った男は、重力に逆らうように、ゆったりと両の腕の二刀を拡げた。
兵法二天一流剣術が謂う二刀の『無構(むがまえ)』
「主(あるじ)の命により、お主を斬る」
鉛のような声で、宮本武蔵は宣言した。
第参話「土方歳三 対 宮本武蔵」に続く──
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