119人が本棚に入れています
本棚に追加
その時──
「土方さん」
この緊迫した状況に場違いな爽やかな声が、歳三の頭上から降って来た。
それと同時に、一振りの日本刀が、橋の上から歳三に向けて落ちて来た。
コトノとアサコは、歳三の頭上の橋に、黒いヘルメットと黒い上下のライダースーツを着た長身の男を見た。
落ちて来た日本刀を掴むやいなや、歳三は鞘から刀身を抜き、その鞘を武蔵に投げた。
二刀を構える武蔵が、回転して飛んで来た鞘を右手の大太刀で払った。
大太刀が振られ、残るは小太刀のみ。
その隙に、歳三得意の『諸手突き』が武蔵の喉元を突く──
その剣気のみを武蔵に伝え、歳三は踏み止まった。
「御身(おんみ)の利き腕は、小太刀の左手だな?」
歳三が不敵に笑った。
武蔵は無言だが、にたりと不敵に笑った。その様は、虎が笑ったような迫力がある。
武蔵は二刀を用いることについて『兵法三十五箇条』で〈左の手(小太刀)にさして心なし〉と述べ、二刀を持つことに特に意味は無い。あくまで大太刀を片手で扱えるようにしておく手段だと謂う。
ことさら大太刀を持つ右手が利き腕だ、と述べているかのようだ。
しかし、武蔵が残した絵画の筆跡は、ことごとく武蔵が左利きであることを証明している。
この様に、得意の左利きを隠すためなら、自身の記述でも騙すのだ。勝つためなら何でもする、生粋の剣術家が宮本武蔵である。
その武蔵の左利きを看破し、歳三は誘いに乗らず踏み止まった。それが今の遣り取りであった。
歳三と武蔵、稀代の剣術家の対決は、どのような決着で幕を下ろすのか!?
最初のコメントを投稿しよう!