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「今度は武蔵殿に驚いてもらおうか!」
叫んだ歳三の右からの斬撃を、武蔵は半身の一寸の見切りで捌いた。と同時に、武蔵の剣が突き出された。
二天一流の『指先(さっせん)』という勢法(型のこと)である。敵の攻撃と共に半身に捌いて剣を突く。単純な動作だが、只事ではない胆力と見切りの技量によって、初めて可能な刀法である。
しかし──
武蔵の剣が中空で止まり、その身が飛影の如く後ろに飛んだ。
その武蔵がいた空間を、歳三の右から振りが通り、さらに左の振り返しの剣が薙いだ。
「それは巌流の!?」
武蔵が呻いた。
先に挙げた巌流、佐々木小次郎に『虎切(とらきり)』と呼ばれる秘剣がある。
『右より振り左より振り右より振りかえしの極意なり』と巌流の伝書にある。
これが佐々木小次郎の『燕返し』の正体ではないか、と謂われている。
「やはり驚いたか」
歳三が再び笑った。
歳三の心に、若き日の近藤 勇の言葉が去来していた──
「歳、あの剣豪、宮本武蔵と戦うとしたらどうするね?」
島崎勝太(後の近藤 勇)が朴訥に尋ねた。
歳三、十八歳の夏の頃であった。
遠くで蝉が鳴き、空には入道雲が湧いている。時折、山からの涼しい風が、稽古の後の身体に涼をくれる。
「あん、そんな二百年前のヤツと戦うことなんかねぇよ」
歳三がぶっきら棒に答えた。
勝太(かった)は、顔こそ役者のようだが中身はぶっきら棒な男を気に入っていた。
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