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佐藤彦五郎が建てた道場に出稽古に来ている勝太は、そこで狼のような野生を秘めた男に逢った。
歳三である。
聞けば歳三は、薬の行商をしながらあちこちの道場で他流試合を申し込んでいたと謂う。
だからか、天然理心流の型を覚えるのに難儀していた。どうやら自己流が染み込んでいるようだ。
だが、剣の才能はピカイチであった。なにより剣が疾い。
それだけでなく、勝太はこのぶっきら棒な男の心に『義』を見ていた。
それゆえに、勝太は一歳年下の歳三を弟のように思った。
「それではいかんぞ。『千変万科 臨機応変(せんべんばんか りんきおうへん)之位』が当流の極位だ」
「そんなもんかね、若先生」
歳三は勝太をそう呼んでいた。
この無骨な男は、聞けば入門して八ヶ月で『目録』を受けた実力者だと謂う。
剣術は『切紙・目録・中極意目録・免許・印可皆伝・指南免許』の順に進む。
だから、歳三は素直に驚きつつも、心の中では焦っていた。
しかし、そんな心情はおくびにも出さず、剽げたふりで『若先生』とおどけた。
そんな内面の葛藤まで見透かされているようで、歳三は勝太に一目を置いていた。
(この男は度量が広い)
歳三は複雑な心持ちだが、素直にこの男を認めていた。
「そうだなー、俺が武蔵とヤる時は──」
「どうする、得意の喧嘩殺法かい?」
「逃げるかね」
「むっ、武蔵は足が疾いと聞くぞ」
「俺も足には自信があるが。なら武蔵の度肝を抜くね」
「驚かすのか?」
「ああ、ソレと先手必勝が喧嘩の肝さ」
「武蔵が驚くかね?」
「そこは敵の手の内を事前に調べとくのよ」
「ふふ、歳三得意の戦術かね」
「俺は喧嘩殺法しか能がないからね、だから稽古も上達しねえ」
勝太が、からからと笑った。
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