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「わかるよ。
気が動転していて、
味なんか、
わかんなかったんだろう?
いや、
何を注文したのか、
覚えていないかもしれないけど、
君はたしかに、
あの店のカウンターで、
チャーハンを食べたんだ」
その時、
弘一の脳裏に、
なにかがよぎった。
なま暖かく湿った空気、
油でベトつくカウンター、
醤油を焦がした匂い・・・。
鼻の奥で、
はっきりと、
その時の匂いが再現された時、
弘一は、
一軒の古ぼけたラーメン屋の、
カウンターに座っていた。
外は土砂降りの雨で、
店に入ると、
ムッとした空気が、
鼻を突く。
愛想の悪いオヤジは、
映りの悪いテレビのナイターに夢中で、
注文を取ろうともしない。
弘一は、
油ですすけた品書きには目もくれず、
掠れた声で
「チャーハン」
と言っていた。
「思い出したんですね。
そう、あのラーメン屋さんです」
弘一が一瞬、
あのラーメン屋にトリップしたのを、
倫子は見逃さなかった。
「君は、
どういう道順で、
この家にたどり着いたのか、
覚えていないんじゃないかな?」
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