6日目・実験15

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目を覚ました遼平が、最初に疑問を抱いたのは背中の鈍痛だった。視界に映っているのは橙色に染まった夕焼け空。混濁していた意識が覚醒し、勢いよく上体を起こした。どうやらコンクリートの壁に、もたれ掛っていたようだ。 腰をさすりながら立ち上がる。辺りを見渡すと、背後には見慣れたアパートがあった。 あの部屋で最後に前川を見たとき、スタンガンを持っていた。恐らく気絶させた後に、家の前まで送ったのだろう。現状を理解したと同時に、里香の存在が脳裏を過った。 守れなかった。その事実が遼平にのしかかり、どうにもならない喪失感だけが残った。 不意に遼平の前を通り過ぎた人が、目を見開いて驚いた。目が合うと、怯えるようにして足早に去っていった。ふと着ているTシャツに視線を落とすと、里香を抱きかかえた時に付着した血液で、赤く染まっている。 もし警察に通報でもされたら面倒なことになるが、それでも遼平は焦ることなく、アパートの階段を上った。まだ気持ちが、現実に追いついていないようだった。 階段を半分ほど上ったところで、不意にジーンズのポケット内の携帯が震えた。取り出して確認すると、液晶画面には非通知と表示されている。 血生臭い空気ではなく、久々に吸う外の空気。それを目一杯に肺へと送り込み、振動を続けている携帯を耳に押し当てた。 「もしもし?」 「谷村様、お疲れ様です」 聞こえてきたのは、生涯忘れることのない声だった。 遼平の階段を上る足が止まる。 「……よくも里香を」 「おやおや、まだ理解していないのですか。綾瀬様を殺害したのは、谷村様ですよ」 携帯を叩きつけたい衝動に駆られたが、そんなことをしても里香は戻ってこない。
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