6日目・実験15

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罪に問われないと思うが、事情聴取などが面倒なのは変わらない。高時給なアルバイトに応募したら、非人道的な実験に参加させられました。まるで映画や小説のような話を、警察が信じるはずがないからだ。 アルバイトの求人誌や、応募をした時にかけた携帯の番号。物的証拠は揃っているように思えるが、あの自信に満ちた物言い。恐らくすでに手を打っているのだろう。 階段を一段、また一段と上っていく。心残りなのは里香の祖母だ。今さら考えても遅いが、せめて入院している病院を訊いておくべきだった。 最後に規約違反を無効にしたので、里香の代わりに治療費を支払うことはできないが、里香の身に起きたことを伝えることはできた。 今も帰りを待っている心境を想像すると目頭が熱くなる。今となっては全てが手遅れだ。 里香の命を犠牲にして残ったこの命。 これから死ぬまでの人生、その事実を背負って生きていかなければならない。 これから始まる日常を、大事に生きていこう。 遼平は決意し、日常への入口である部屋のドアを開いた。 「お兄ちゃん、お帰り」 玄関先には遥の姿があった。まさかの出迎えにも驚いたが、なによりも声を聞けたことに狼狽の色を隠せずにいた。本当なら喜ばしいことなのだが、違和感を覚えずにはいられなかった。 失声症と診断されてから、何度もカウンセリングに通わせた。しかし回復の兆しは全く見られなかった。それが急に治るものなのだろうか。 「どうしたの?あ、お兄ちゃんが置いといてくれた、お金は使っちゃったよ?」 困惑する遼平をよそに、遥は平然とした態度でいる。いま着ているTシャツは血液で染まっている。普通ならば何らかの反応を見せるはず。しかし遥は笑みを浮かべているだけ。 違和感は強くなる一方で、日常に戻ってこられた実感はすでに薄れていた。 このまま玄関で立ち尽くしていても仕方ないので、違和感を確かめるのは後回しにし、シャワーを浴びようと考えた。しかし浴室のドアを開けたところで、リビングから遥の声が聞こえた。 遼平は服を脱ぐ手を止め、小さく息を吐いてからリビングへと向かった。待ち望んでいた日常が、凄まじい速さで遠退いたのは突然のことだった。
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