6日目・実験15

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「そうそう。だから、お金はいらないから実験を手伝いたいってお願いしたの」 「前川は、なんて言ったんだ?」 「好きにしなさいだって。だから私は、私なりに人間の本質を知りたいの」 不意に遥が一歩、前へ踏み出した。その突き出され手には、包丁が握られている。不穏な空気が漂うなか、銀色の刃は鈍い光沢を放っていた。 「……なんのつもりだ?」 「お兄ちゃんはさ、前川さんの思想に共感した?」 「ふざけるな、あいつは狂ってるんだぞ?」 「狂ってる?本当にそうなのかな?嘘吐きで、自己中心的。そんな人間を恨んだりするのって、当たり前のことだと思わない?」 無表情の遥が、ゆっくりと遼平に詰め寄る。それに合わせるようにして、遼平は後退りをする。そして無言で頷くと、遥は片側の口角をつり上げた。 「もしかしたらさ、お兄ちゃんが狂ってるのかもよ?」 「そんな訳ないだろ」 「あはは、そうやって否定ばかりしちゃ駄目だよ」 遼平が叫ぶと、遥は笑い声を上げた。抑揚のない乾いた笑い声は、奇しくも前川と似ていた。遼平は生唾を飲み込んだ。 そして目前まで迫った遥が、包丁を振り上げた。窓越しに見える夕陽が、包丁の刃に反射した。その眩しさに思わず目を細めた。 それからは一瞬の出来事だった。遥が振り上げた包丁を自分の腹部に刺したのだ。激痛に目を見開き、膝から崩れ落ちた。血液がTシャツを染め上げていく。 「……お兄ちゃん、痛いよう」 遼平は慌てて携帯を取り出し、救急車を呼ぶことにした。遥は包丁の柄を握ったまま、うずくまって背を丸めている。 間もなくして電子音が鳴り響き、数コール目で声が聞こえてきた。 「あ、もしもし。妹が、妹が」 「落ち着いてください。まず住所をお願いします」 「住所はーー」 不意に遼平の声が途切れた。携帯電話が手から滑り抜け、床へと落下する。 激痛に襲われながら視線を落とすと、脇腹に包丁が深々と突き刺さっていた。 顔を上げると、うずくまっていたはずの遥が仰向けで倒れていた。 口の端から血を垂らしながらも、その表情は満面の笑み。遼平は痛みに耐えられなくなり、その場に崩れ落ち倒れ込んだ。
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