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立ち上がった前川が、乱れた襟元を直している。不死身。唐突に単語が浮かんだが、それを愚考だと否定した。
「ああ、単純な仕組みですよ。これです」
被験者たちの視線に答えるかのように、前川が上着を捲った。露わになった胴体には黒い物で覆われている。そして「防弾チョッキです」と呟いたのが聞こえた。
「村山志朗様、残念でしたね。もっと近距離で発砲していたら、肋骨程度は折れていたかもしれませんね」
前川が仮面のような笑みを浮かべ、白い歯を覗かせた。
「さて、皆様。現在は休憩ですので、言葉を発しても構いませんよ」
前川が出口に向かって踵を返した。その刹那。再び志郎が銃口を前川に向けた。今度は頭部を捉えており、銃口は震えていない。
「……よくも妻と娘を」
憎しみのこもった言葉を背に受け、前川が振り返った。
「娘は自害。妻は村山志郎様が殺害したのですよ? もうお忘れですか?」
嘲笑う前川の態度に、拳銃のグリップを握る志郎の右手に力がこめられていく。そして引き金は躊躇することなく引かれた。
しかし冷たい金属音によって、妻と娘の敵討ちは呆気なく潰されたのだった。
「余分な弾薬を装填しているはずがないでしょう。現在17時10分です。引き続き18時までは休憩です。食事は後ほどお持ちします」
前川は慇懃な態度で一礼し、部屋を後にした。その直後、志朗が叫び声を上げながら拳銃を床へと叩き付けた。
「……涼子」
覚束ない足取りで涼子へ歩み寄ると、志郎は身を屈めて手を握りしめた。
「痛かったよな、怖かったよな。僕のこと呼んでたのに、助けられなくてごめん」
絞り出すように発せられた言葉は震えている。見るに堪えない光景に、遼平は目を逸らした。
「……こんなの酷すぎるよ」
「そうだな、分かってる」
涙を拭いながら呟いた里香に、気の利いた言葉などかけられなかった。
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