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翌朝。身体に強い揺れを感じ、目を覚ました。混濁する意識のまま瞼を開けると、里香が身体を揺さ振りながら、遼平の顔を覗き込んでいた。いつの間にか横になって寝ていたようだ。起こした背中に鈍痛が走る。
どうやら石塚も意識を戻したようで、部屋の中央を険の強い目つきで見据えていた。状況を把握しようと、全員の視線が集中している場所へと目を向けた。
そして次の瞬間には、遼平は反射的に声を漏らしそうになった。顔の左側に黒い龍の刺青が彫られた、知らない男性が座っていたからだ。肩幅が広く、着ている白いTシャツは、隆起した胸筋ではち切れそうになっている。
その正体不明な男性は何故か正座をしたまま、天井を見上げていた。昨夜とは一変した状況に被験者たちが困惑するなか、男性の背後から足がのびていることに遼平は気付いた。
視線が合わないよう注意深く近付き、その背後を覗いた。
「皆様、おはようございます。本日もよろしくお願いします」
前川の声が聞こえてきたが、遼平の耳には届いていなかった。腹部に根本まで、垂直に突き刺さっている包丁。陥没した頭部からは血液が溢れており、まるで涙のように頬を伝っている。
息をのむ遼平の視界には、仰向けで倒れている志郎が映っていた。すでに絶命しているのは一目瞭然だった。
「それでは実験を始めましょう」
前川の声が聞こえてきた直後。それまで漫然とした様子で天井を見つめていた男性が、被験者たちへ視線を向けた。そして顔が歪んだかと思うと、唐突に泣きだしたのだ。
「……僕は人を殺してしまった」
20代後半ぐらいの男性が、嗚咽をしながら震えた声で呟いた。この男性は何者なのだろうか。確かなのは、この男性が志郎を殺したという事実。着ているTシャツが赤く染まっているうえに、なによりも自供している。
恐らく志朗は実験のために殺され、この男性は前川の指示で殺害したのだろう。しかし今も、部屋に居座っている目的は不明。
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