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本当は志郎を殺したくなかった、指示に従わないと、また。それらの言葉に加え、前川に怯えている様子も見受けられる。そして全ての爪が剥がれている指。
意味深げな言葉に、前川の発言との矛盾。遼平は今回の実験に違和感を払拭できずにいた。
「……頼むよ、僕を楽にしてくれ」
男性は呟くと、背に隠していた金槌を手に取った。そして遼平の足元へと滑らせた。
「それで僕の頭を殴ってくれ。お願いだ」
遼平を見据えながら、男性が哀願した。ふと視線を落とすと、金槌には志朗のものと思われる血液が付着しており、赤黒くなっていた。やはり志郎を殺したのは本当のようだ。
「僕は罪を償ったんだ。もう二度と、あんな思いしたくないんだよ」
過去に罪を犯したのだろうか。しかし、あんな思いとは一体。
「谷村様、これは実験です。放棄するのなら、罰を与えますよ?」
金槌を見つめながら思考を巡らせている遼平を、前川が急かす。釈然としないが、罰を受けるわけにはいかない。金槌を拾い上げ、男性の目前へと移動した。
「そう、それで良いんだ。ありがとう」
右手に金槌を持った遼平を前に、男性は満面の笑みを浮かべて見せた。そして自分の頭部を指差したのだ。自分を殺してくれと笑う相手は、前川とは違う異常性を持つ人間。
それが男性の元々の性質なのか、今までに覚えた違和感が関係しているのかは分からない。
遼平は金槌を持つ右手が、小刻みに震えていることに気が付いた。それが恐怖だと理解するのに時間は要さなかった。
それから前川に急かされようとも、遼平は男性を殺せなかった。甘い考えを捨てきれなかった結果に、自責の念に駆られながら項垂れた。しかし手を放そうとした瞬間。背後から誰かに金槌を奪われた。驚く遼平の視界に映ったのは、里香だった。
「なるほど。綾瀬様でも構いません。罰を与えてください」
里香は代役が認められると、笑みを浮かべて見せた。そして頭を抱えている男性に近付き、金槌を振り上げた。男性は満足気な表情で金槌を見上げている。
立ち竦む遼平をよそに、金槌が振り下ろされた。鉄の塊が額に直撃し、凄まじい絶叫が空気を震わせる。
男性は痛みで顔は歪ませたが、それでも口角をつり上げている。里香は間髪を入れずに振り上げると、躊躇せずに振り下ろした。鈍い音が響く。
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