テンキョーパイオニア

事故物件

　いわくつき物件ってのは告知義務があるって言ったな。実はその告知義務ってのは、事故が起きた次の住人に対してのみなんだよ。つまり、さっきの話で言えば、俺がつつがなく出ていけば、その物件はいわくつきじゃなくなる。晴れて正規の賃料を取れるんだ。オーナーは当然高い賃料を取りたいから、俺を脅して追い出そうとしたってわけだ。
　そんなこともあってか、俺は幽霊云々のいわくつき物件に臆することなんかなかった。話を戻そう。
　俺がミントソープの部屋に住んで三日が経った頃だ、俺は洗面所に鏡がないことに気付いたんだ。　……なぜ三日も気付かなかったかって？　それは洗面所を使ってなかったからだよ。俺は週に二回くらいしか風呂に入らないこともあるのさ。　……不衛生だって？　あんたに言われたくないね。
　話を続けていいかい？　いくら安物件でも、俺はオーナーに抗議したさ。ところがオーナーは、何かに怯えるように｢洗面所に鏡を置かないで下さい。絶対に｣なんて言いやがった。更には｢寝る前には必ず浴槽の水を抜いて下さい｣って。俺はピンときたね。そろそろオーナーが俺を脅かして追い出す気だって。
　俺は同じアパートの住人から情報収集してみた。オーナーがどんな人間かってな。人を脅かして追い出そうなんて、そんなのは脅迫行為だ。訴えれば賠償金だって貰えるかもしれない。まぁ実際は、その事実をオーナーに突き付けて、示談金を貰うんだがな。
　それこそ脅迫じゃないかって？　やめてくれよ。根本的な被害者は俺だぜ。……もう一回言おう。俺は被害者だ。筋の通らないことには断固抗議する。
　……。
　ところが、オーナーの悪評は一つもなかった。おおらかで面倒見が良い人らしくて、アパートの住人からも好かれていた。俺の部屋で自殺者が出たって時も、凄くショックを受けたらしいんだ。アパートを引き払おうとも考えたらしいんだが、それこそ住人皆が説得して、何とか思いとどまってもらったそうだ。
　その後、オーナーは気を取り直して、部屋の掃除とか整理をしたそうだ。そして自分の中で踏ん切りをつけるために、その部屋に一晩泊まった。翌日、血相変えたオーナーが洗面所の鏡を持って飛び出てきたそうだ。
　さっぱりわからないだろ？　俺もそうだった。ところが、人間ってのはお喋りなもんで、俺が聞きたくない余計なことも喋りやがった。そう。死んだ前の住人の話さ。