事故物件

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 ……やっぱり不衛生だって? 他の日本人が異常に潔癖なだけで、俺が特別不衛生なわけじゃない。仮に不衛生だとしても、パイオニアたる者は、不衛生な環境にも対応できないと駄目だろ? それに、最近じゃ浴槽の水で洗濯するなんて使い方も普通だぜ。これからが山場なんだ。口を挟まないでくれよ。  丁度六月の下旬頃だったかな。じゅくじゅくとした暑さに参ったよ。エアコンをドライで運転させても、不思議と湿気が減る感じがしなかったんだ。その時はエアコンが故障したのかと思ったよ。  俺はべとつく体を洗い流すために風呂に入ったんだ。底が浅くて縦に長い浴槽で、仰向けで寝そべるようにぬるめの湯に浸かった。  その時だな。何か違和感を感じたのは。最初は真横に便座が置いてあるせいかと思ったんだが、どうも関係ないようだった。空気が重いとでも言うか、まるで気圧が変わったように耳の中がキーンと鳴ったんだ。  俺は気分が悪くなって、すぐに浴室から出た。体のべとつきは取れるどころか増していたよ。俺はエアコンの出力を上げて、とっとと布団に潜ったんだ。  どれくらい寝付けなかっただろう? 音のない暗闇で目を瞑っていると、時間の感覚がなくなるんだな。多分浅い眠りを繰り返したりもしているんだろうな。ふと時計を見ると、既に深夜だったよ。  それまで必至に眠ろうと努めていた俺だが、急激に意識がはっきりしてきたんだ。なぜかって? 音が聞こえてきたからさ。あれはそう……、水の音だった。  雨の音じゃなかった。確かに梅雨時期だったが、その日は降ってなかった。それに、水と言っても、雨音とは程遠い、どちらかと言うと、ざぶざぶとした、プールか海のような音だった。  それまでの蒸し暑さが嘘のように、体のべとつきは冷房の冷風で昇華されていった。気加熱が体温を急激に奪い、俺は身震いした。  そして、その音が浴室から聞こえてくることに気づいたんだ。その時、俺はオーナーが浴槽の水を抜くように言っていたのを思い出した。もしかしたらあれは、脅しでも何でもなくて、立て付けが悪くて浴槽の水が漏れたりするんじゃないかってな。俺は冷えきった体をゆっくり起こすと、浴槽に向かった。冷静に考えれば、水漏れの音なんかじゃないことに気付いたはずなんだが、やっぱり少し寝ぼけていたんだろうな。
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