事故物件

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 傷口からは骨が覗いていた。俺は骨ってのは白くて無機質な物だと思っていたが、エナメル質で真珠のように輝いてたよ。  俺は現実を受け入れることにした。目の前に女の幽霊がいる。オーナーが見たのはこいつだってな。まぁ、受け入れたってどうにかなるもんじゃないがな。  女はゆっくりと浴室を見回していた。乳白色に濁った目でな。目は見えているようなんだが、俺を気にしている様子はなかった。そのまま浴槽をうろうろする女を見て、俺はピンときた。これがオーナーの言っていた鏡だってな。女は鏡を探していたんだ。  なぜかって? 最初に言っただろ。女は綺麗なまま死にたかったんだろう。それで死んだ後も、それが気になって成仏できなかったんだろうよ。問題はそこだ。死んだ時は綺麗だったかもしれないが、今は酷いもんだ。自分の姿を見たらどうなるかわかったもんじゃない。なぜかそんなことだけ冷静に考えていたよ。  洗面所に鏡がないことに気付いた女は、ゆらゆらと俺に近づいてきた。だが、俺の姿は見えてないみたいだった。やっぱりあちらの世界とこちらの世界は違うんだろうな。俺は女の邪魔をしないように道をあけた。そして女が便座の前に立った時、それが起きた。  最初は何が起きたのかわからなかった。突然激しい耳鳴りみたいのがして、猛烈な耳痛と頭痛に襲われた。  女が悲鳴を上げたんだ。よく聞く「きゃああ!」なんてのじゃない。発音で表せない、ガラスを鉄の爪で激しくこすっているような叫び声だった。迂闊だったよ。俺は用を足そうと便座の蓋を上げていた。女は便器の水に自分の姿を写したんだ。  俺はそのまま気を失って、気が付くと朝になっていた。あれだけの悲鳴を聞いて、近所から誰も様子を見に来なかったってことは、あの声は俺とオーナーにしか聞こえてなかったんだろうな。いや、むしろあの浴室は既にあっちの世界の入り口だったのかもな。
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