謎の物件

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 またせたな。もうどれくらい来ているんだ? ……そんなにか。到着までもう少しか……。じゃあ次が最後だな。  どんないわくつき物件かって? そう焦らないでくれよ。俺がその物件を見つけたのは、全くの偶然だった。なぜなら、住宅情報誌じゃなく、アルバイトの求人雑誌から見付けたからだ。  そのバイトは、六月の始めから八月末までの間、住み込みで農家の手伝いをするものだった。三食付で日給一万円。俺は書いてあった連絡先に電話し、その場で採用が決まった。  俺はちょっと戸惑ったね。農業の経験なんか全くないし、体力も人並み外れて持っているわけじゃない。でもそんなことは一切訊かれず、俺が一人身で、家族とも全く連絡を取っていないことだけ確認された。今思えば、その場で怪しいと思うべきだったよ。  約束の日になって、一台の軽トラックが俺を迎えに来た。住み込む所に生活必需品はあると聞いていた俺は、着替えだけ何セットも持って乗り込んだよ。  迎えに来たのは五十歳位のおじさんで、車内はずっと無言だったよ。今とは対象的だな。眠るのも失礼だと思った俺は、永遠と沈黙に耐えたよ。  何時間走ったのか、時計も機能してないトラックだからわからなかった。最後に理解できる地名を見たのは、長野県ってだけだ。外灯も標識もない舗装路を永遠と走って、気が付くと俺は、山に囲まれた農村に着いていた。  トラックを降りて最初に違和感を感じたのは、そこの臭いだった。田舎の空気は澄んでいて、草木の香りが漂っていると思っていたが、そうじゃなかった。村全体がどんよりとした香ばしい臭いに包まれていた。まるで縁日で売っている焼きトウモロコシ屋の前みたいにな。  しかも、ほんの僅かに刺激臭が混じっていて、鼻孔を突くんだ。俺は嫌な予感がしてきたが、今更文句も言えない。黙っておじさんの案内に従った。  住み込みで農業の手伝いってことは、どっかの農家に居候して働くものだと思っていたが、それは勘違いだった。
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