謎の物件

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 俺が案内されたのは、藁葺屋根の平屋だ。その村でもご多分に漏れず過疎化が進んでいるらしく、誰も住んでない民家を有効利用して、農業のバイトを雇っているそうだ。つまり、俺は一軒丸々タダで貸してもらったんだ。  藁葺の平屋でも、二十畳はある居間に加えて、八畳以上の部屋が四つもあった。田舎だからってガスや電気がないなんてこともない。トイレだって洋式水洗だった。俺はこんな大邸宅に一人で住んでいいものかと思ったよ。  唯一不満だったのは、やっぱり刺激臭を含んだ香ばしい臭いだった。しばらくしてわかったのは、その臭いは家の角材に染み込んでいるってことだ。俺は藁葺屋根の家なんて住んだことなかったから、防腐剤か虫よけの臭いだと思うことにしたよ。  だだっ広い部屋で慣れない一晩を過ごした翌日から、早速仕事が始まった。色々な現場で野菜や果物の収穫や出荷を手伝った。  俺は農業が初めてだったから不安もあったが、その村の人は皆温厚で優しくて、仕事なんか大嫌いだからフリーターもそこそこで、いわくつき物件を渡り歩いてきた俺だが、初めて仕事が楽しいと思ったよ。農業が肌に合っていたのかもな。実際、上達が早いって褒められたよ。多分、お世辞じゃないと思う。  楽しかった理由は他にもある。食事だ。食事付きって条件だったから、どんな物かと想像していたんだが、食事はその日取れた野菜や果物をその場で料理して食べたんだ。美味しかったよ。凄く美味しかった。取れたての野菜があんなに美味しいとは思ってもいなかったよ。自分で汗水垂らして取ったってのも、隠し味になっていたのかな?  俺は仕事をしてると言うよりも、実際に農家になって幸せに生活している気分だった。この仕事が終わったら、本格的に農家になろうなんてのも思った。気が付けば六月が過ぎ、七月が終わり……、あの臭いさえも慣れたのか、全く気にしなくなっていた。  様子が変わり始めたのは、八月に入ってからだ。そう。巨峰の収穫が始まったのと同時だ。その日は始めから緊張した雰囲気だった。いや、殺気立ってたってのが近いかもな。
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