謎の物件

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 巨峰の枝を切って、下のビニール袋に落とすんだが、その拍子に粒が一つでも取れたら大目玉を食らった。ちょっと注意されたなんてのじゃない。場末のチンピラも使わないような品性下劣な怒号を浴びせられたよ。それまでは大根を抜く時に半分折れた時でも笑って許してくれた人達だったのに。  俺が直感的に感じたのは、巨峰は村の名産中の名産だろうてことだ。それが証拠に、他の野菜や果物と違って、収穫した物を食べる機会はなかった。  ……あんたはあの村の巨峰を食べたことがあるって? だろうな。……大好物だって? だろうな。  俺は巨峰の枝を切った時に、丸々一房地面に落としたら、どんなに恐ろしいことが起きるのか怯えながら収穫したよ。そして一週間が過ぎた頃、あの香ばしい臭いが強くなってきた。  その頃には、巨峰の収穫で怒られるようなことはなくなっていた。やっぱり農業の才能があったんだろうな。ただ、張り詰めた空気だけは変わらなかった。しかも、その日は収穫が終わってから皆が集まって、何やら儀式が始まった。  俺は巨峰を落とさないように、夢中で収穫していたから気付かなかったんだが、その間に高さ一メートルくらいの祭壇が築かれてた。そこに収穫した巨峰を並べて、皆で拝み始めたんだ。  ……俺はどうしたかって? 俺も見よう見まねで拝んださ。それが始まった時は何事かと驚いたが、冷静に考えれば特別驚くことじゃない。お盆が近かったからな。  お盆ってのは、一般的には先祖の霊を迎えるもんだが、細かい習慣や作法は地域によって千差万別だ。特に僻地の小さなコミュニティは独特のものがある。そんなものは理解する必要がない。そもそも誰も理解していない。ただの伝統さ。  俺の田舎は東北地方だが、お盆の時期には一粒が人の頭くらいある巨大な数珠を小一時間ぐるぐる回す習慣があった。子供だった俺は周りの大人にこれは何の意味があるのか尋ねたが、答えは返ってこなかったよ。  俺に出来ることは、失礼のないように振舞うだけさ「郷に入れば郷に従え」ってな。だから俺は今までずっと、あんた達に文句も言ってないだろ?
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