謎の物件

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 ちらりちらりと小刻みにこちらを確認しながら帰るおばさんを見送って、俺は家に籠った。渡された巨峰をどうしても食べたいとも思ったが、一粒落としただけで憤慨される物だ。粒の数を予め数えていて、明日になって確認されるなんてことも十分あり得る。もう何でも言いなりになれば、すんなり終わるだろうと思って、全て言われた通りにしていたよ。そして、夜が来た。  綺麗な月夜だった。田舎は明かりが少ないから、空一面に無限の星空が広がるんだ。俺はその時、この村に来てから初めて星空を眺めていることに気付いた。本当にそれまで生きること以外に無関心だったと痛感したよ。一度でいいから、宇宙を旅してみたとも思った。……いや、今は何も言わないでくれ。  俺が幻想に浸っていると、家の扉が乱暴に叩かれた。何事かとドアを開けると、俺の家を監視していたと思われる近所の住人が血相変えて「お香を焚け!」と怒号を響かせていたよ。俺はその怒号よりも、家の前に集まっていた人数に驚いたよ。十人はいたかな? どれだけ大人数で監視しているんだよってな。  俺は「すぐ焚きます」と言ってドアを閉めようとしたが、例の如く「焚くのを見るまで帰らない」ときた。俺はその場でコーン型のお香に火を点けた。  途端に俺は目と鼻の奥に激痛を感じた。まるで酢をやかんで沸かしているような刺激臭だった。俺がこの村で僅かに感じていた刺激臭の正体はそれだったんだ。涙目でむせる俺を尻目に、皆は帰っていったよ。もちろん嫌らしくこちらを確認しながらな。  すぐにでもお香を消したかったが、そしたらもっと面倒なことになるのは間違いなかった。俺は布団に潜り込んで、朝が来るのをじっと待つことにした。眠るなんて無理さ、刺激臭が充満している上に、その日は何かが起こるような気がしていた。そして、案の定それは起こった。  ずっと布団に潜っているとさすがに息苦しくなってきた。窒息するわけにもいかない俺は、意を決して布団から顔を出した。当然刺激臭が俺を襲ったが、それよりも激しい刺激が俺を襲った。真夜中とは思えないくらい周囲が明るかったんだ。
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