わけあり物件

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 人が減った後は、奴ら次の行動に移した。そのマンションに住みだしたんだ。マンションから人を追い出すのが仕事なのに、自分達が住んだら本末転倒じゃないかって思ったよ。……「本末転倒」って言葉は……、まぁ忘れていいよ。  奴ら何をしたかって言うと、まだ住んでいる人の隣に越してきて、相手の壁に向けてオーディオのスピーカーをぴったり付けて音楽を大音量で流したんだ。そう、例のヘビメタだよ。これの効果も大きかったよ。昼夜を問わずだったから、眠ることもできない。生活やバイオリズムに支障をきたすから、これでほとんどの住人が居なくなった。残ったのは数人だったかな? この頃だよ、月に十万円も貰えるようになったのは。  なんで俺は耐えられたかって? 俺は定職に就いてないから、完壁に決まったバイオリズムがなかった。それに家賃を取られるどころか月に十万円も貰えるんだ。バイトだってほとんどしなくていい。それに、大音量のヘビメタも、ずっと聞いていると慣れるんだ。何も聞こえない様な気さえして、しばらくすると簡単に熟睡できるようになったよ。  ……心理学用語で「マスク効果」って言うのかい? あんたの知識はどっから持ってくるんだい? ……いや、答えなくていいよ。  そしてある日、俺が週に三度のバイトから帰宅した時だ。エレベーターで自室のあるフロアに降りた瞬間、俺は我が目を疑ったよ。  一匹のドーベルマンが息を荒くして俺を睨んでいた。まさかエレベーターが開いた瞬間にそんな光景が広がっているなんて思っていないから、俺はドアが開いたのと同時にエレベーターの外に出ていた。本来ならすぐにエレベーターの中に戻って、他の階にでも行ってから、ゆっくり現状を分析するべきだったが、あまりの出来事に硬直している間にエレベーターはどっかに行っちまってた。  固まったままドーベルマンと向き合っていた俺だが、意外と冷静だったよ。まず考えたのは、絶対に逃げないことだ。あいつら――ドーベルマン――は背を向けて逃げる相手に闘争心を燃やす生き物だ。実際、俺は子供の頃犬に追い回された経験があったからな。  威厳のある態度で接していれば、相手は俺を敵だと思わないし、動物なりに敬意を払ってくれる。俺は正面に見据えたままゆっくりと後ずさり、その日は難なく部屋に戻った。
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