事故物件

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 築三十年、和室八畳1Kのアパートの一室さ。少し都心からは離れたが、水道、電気、ガスは問題ない。俺がどうしても気に入らなかったのは、ユニットバスだ。なんでトイレと風呂が一緒になってる? どう考えても理解できないだろ? ……そこは同意するのかよ。  本来の家賃は五万円だったが、俺は半分の二万五千円で住めた。そう、前の住人が自殺して、いわくつきの物件になっていたからだ。  詳しい話は訊かなかったよ。前の住人がどう死んだかなんて知りたくもないしな。俺にとって重要なのは、家賃が特別安いってことだけさ。  部屋に入って何より気になったのは、香水の匂いだ。前の住人が居なくなって、掃除なんかもやっているんだろうが、畳に匂いが染み付いていた。どうせなら畳の張り替えもやっといてくれればよかったんだが、俺は畳がそのままで逆に安心したよ。  何でかって? 前の住人が和室で首を吊ったとか、腐乱するまで放置されて畳が汚されなかったってことだからな。……確かにどう死んだかは知りたくないって言ったけど、安心材料は欲しいさ。  香水って言っても、水商売特有の気味悪く甘ったるい臭いじゃない。ミントソープの爽やかな匂いだった。だから、俺は前の住人が女だったとわかったよ。別に難しい推理じゃないがな。  さっきも言ったが、俺はどんないわくつき物件も開拓するパイオニアだ。だから前の住人が自殺した程度の事故物件じゃ役不足なんだ。  それに、その前に住んでた似たような物件は酷かったんだ。  そこも前の住人が死んだって理由で、家賃が半額だったんだが、住み始めた初日からオーナーの様子がおかしかったんだ。「前の住人は暴漢に殺されて恨みがある」だの、「夜な夜な恨みを口にする女の霊が出る」だの、「ここに住んでいると呪い殺される」だのな。  俺は気にせず住んでいたんだが、ある夜天井裏から女のすすり泣くような声が聞こえてきたんだ。 「助けて……」 「辛い……」 「痛い……」 「恨んでやる……」 「殺してやる……」なんてな。  俺は幽霊なんて信じてなかった。そりゃそうだ。信じていたらそんないわくつき物件には住めないからな。だから、その時はすぐに屋根裏を調べたよ。案の定、そこには女の声を流すラジカセが置いてあったんだ。  理由がわからないって顔だよな? 教えてやろう。
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