100人が本棚に入れています
本棚に追加
触れた指先を隠すようにぎゅっと握りしめるノリを、可愛いと思った。これはこれで、アリなんだな。
「じゃあ、もっと溺れさせてやるよ」
ノリが手にしてるチョコを素早く一口かじり、逃げないよう後頭部に手を回して自分に引きつけながら、唇を強く押し付けてやる。
甘いミルクチョコレートがお互いの熱で、口の中にゆっくりと溶けていった。
すれ違ってしまった心も、何もかも溶けて、ただ愛しさだけが広がっていく――。
チョコがなくなっても、貪るように俺を求める舌先にどんどん堪らなくなった。
「ノリ?」
「もっと欲しい……。煌の甘いキス、ちょうだい?」
カーテンで包まれたふたりきりの白い世界の中、大胆にノリが自分を求める。チョコレートのせいだろうか?
俺の首に細い腕を回して、そっと抱きついた。いつもならあり得ない展開。ノリが強請る教室での大胆行為に、喉を鳴らしてしまう。ここは恋人として、きっちりと応えなければならないだろう。
もう一口チョコをかじり、ノリの唇に触れた瞬間だった。
「はいはい、おふたりさん! 教室での淫行は止めような! 頭隠して尻隠してないんだから、バレバレなんだよー! てか、どんだけ大隅さんを喜ばせることをしてんだ」
突然の淳の声で、口に入ってたチョコがツルッと喉に流れ込む。
「ぐわっ!?」
「ちょっ、吉川! 大丈夫?」
甘いムードが台無し。しかも直ぐには、カーテンから出られない。もう、ノリが強請るなんてことをするからなんだけど。
背中を必死にさすっている姿を、恨めしげに見つめるしかできなかった。
「吉川、早く出て来い。エマージェンシーコールだ。副キャプテンが泣きそうになりながら、必死で捜してる」
「サッカー部で、なにかあったのか?」
カーテンから顔だけ出すと、呆れた顔した淳が深いため息をつく。
「なんでも、吉川ファンのいざこざらしい。チョコを渡す渡さないで、大乱闘寸前とかなんとか」
「げー、何だよそれ……」
俺がイヤそうにすると、横でノリが肘で突いてきた。
「結局、トラブルになっちゃうんだね。吉川モテすぎだよ」
「ノリだけにモテればいいのにな。もうお前、ここから出られる?」
「何とか頑張って、理性を折りたたんだから大丈夫。吉川は?」
「もー、そこっ! いつまでイチャイチャしてんだ。吉川は早く、トラブル解決しに行けよな!」
言い終わらないうちに、淳くんが吉川の腕を強引に掴んで引きずり出すと、そのまま教室の外へポイした。
「ノリ、部活終わったら一緒に、チョコを買いに行こうな!」
怒りまくる淳くんを一発殴ってから、僕に向かって言い放たれた台詞。
――一緒にチョコを買いに行く?――
「良かったなノリトー。吉川から、チョコが貰える」
「なんで?」
不思議そうにする僕に大隅さんが傍にやって来て、ニコニコしながら言う。
「何を言ってるんですか、ノリトさん。今日は、バレンタインデーですよ。好きな人に、チョコを贈る日なんですから、貰って当然じゃないですか」
「あのバカも、やるときはやるんだな。素直に喜べばいいじゃん」
淳くんは殴られた頭をさすりながら、僕に体当たりする。
まさか吉川からチョコが貰えるなんて、夢にも思っていなかった。じわりと嬉しさが、胸の中で沸き上がる。初めて貰えるチョコが吉川だからこそ、喜びも倍増なんだよな。
「それはそうと大隅さんは、淳くんにチョコを渡したのかい?」
何気なく言って大隅さんの顔を見ると、途端に真っ赤になった。
おかしいと思って制服のポケットを見ると、いい感じで膨らんでいる状態が見て取れた。この大きさは間違いなく、淳くんに渡すために作ったものが、入っているに違いない!
「僕、出て行くから大隅さんは思い切って、淳くんにチョコを渡しちゃいなよ」
耳元でそっと告げて出て行こうとした僕の腕を、ガッシリ掴んだ大隅さん。
「ここにいて下さい、ノリトさん……。ひとりじゃ、どうにも心細くて」
「え、でも、せっかく、ふたりきりになれるのに」
「お願い、見守ってて……」
「何かふたり、姉弟みたい。いいコンビだな」
僕らのやり取りを見て、くすくす笑い出す淳くん。言われてみたら、そうだよな。大隅さんにいつもフォローしてもらってる僕は、弟みたいな存在かも。
そう思いながらふたりの雰囲気をぶち壊さないように、ちょっと離れた後方で、しっかりと見守ることにした。
「えっと淳さん、いつもお世話になってます! どうぞこれ、受け取ってください!」
なんだかお中元やお歳暮を贈るみたいな言葉に、思わず苦笑いした。そこはもっと、気持ちを伝えたほうがいいんじゃないのかな?
勝手に右手をぎゅっと握りしめながら、心の中で大隅さんを応援した。
「ありがと。こちらこそいつも、どーも」
淳くんはニコニコしながら、しっかりと受け取る。
「ノリトがさ、すっごく美味しくできてるって言ってたから、楽しみにしていたんだ」
「はいっ。心をこめて、一生懸命に作りました。淳さんが好きですから!」
よし! 好きって言えたぞ、偉いぞ大隅さん。心の中で、大きなガッツポーズをした瞬間――。
「淳さんが好きっていうのは、腐女子的に言わせると、その立ち位置が萌えなワケでして。ノリトさんと吉川さんのカップルを心から応援してる感じが、本当に素敵なんですよぅ」
心の中の大きなガッツポーズが、みるみるうちに小さくなっていく。これを聞いて淳くん、大丈夫なのかな……。
「ありがと。俺もさっき萌えた。大隅さんってば扉の影から、吉川たちの様子を見てた姿、本当に面白かったし。カーテンに隠れたふたりを見ようと、必死になってるトコなんて、何だか可愛いって思えた」
淳くんは笑いながら、大隅さんの頭をくちゃっと撫でてから、自分の席にかかってるカバンに、貰ったチョコを入れた。
「淳くん、ありがとう。大隅さんのチョコを大事にしてくれて」
その他大勢から貰ってるチョコ専用の紙袋に入れるんじゃなく、自分のカバンに仕舞ってくれたことに、すごく感動した。
「ノリトの言いつけを守らないと、おっかないらしいから。次の日まで引きずるレベルで怖いって、吉川に聞いた。ちゃんと、一番最初に食べるからさ」
淳くんの言葉を聞いて、大隅さんがはにかむように微笑んだ。
結果オーライなんだけど、微妙な感じがするのは僕だけなのかな。
むー、あとで吉川にイエローカードを渡してあげようっと。
最初のコメントを投稿しよう!