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「吉川のヤツ、僕が超絶不器用なことを知ってるクセに、手作りチョコを強請るなんて本当に信じられない!」
放課後になってから大隅さんと肩を並べて、商店街を一緒に歩いた。あちこちでバレンタインのフェアをしているらしく、赤やピンク色のハート柄を使った広告が嫌でも目に入る。
そしてフェアをしているお店の中には、鬼気迫る勢いで品定めをしている女の子たちがたくさんいる状況に、眉根を寄せるしかない。
(僕もあの中に、これから進撃しなきゃならないんだよな――)
ぼんやりとひとごとのように、そんなことを思ってしまったのだった。
「でもでも考えてみてください。吉川さん、他のコのチョコをちゃんと断ったんですよ。これって、ノリトさん一筋って感じがしません?」
「確かに。ファンを大切にしている吉川が贈り物を断るなんて、信じられない発言だよ」
吉川はいつもファンのことを考えて、大事にしている。寄せられる応援に応えるべく、サッカーの試合では全力で戦っていた。それは憧れを通り越してしまうくらいに、格好いいものだった。
しかも試合で疲れてるのにも関わらず、休憩中に応援席に顔を出して、みんなに向かって手を振ったり、リフティングして場を盛り上げたりと、パフォーマンスを欠かさない。
遠くから応援している僕としては、ちょっぴり寂しかったりするけど、そんな優しさが溢れる吉川をもっと応援したくなる。だからこそ手作りチョコに、トライしようって思ったんだけど……。
「大隅さん手作りチョコって、男の僕にも作れそうな代物なのかい?」
「簡単ですよ。湯せんでチョコを溶かして、型に流し込むだけの簡単な作業です」
「よ、良かった。それを聞いて、ちょっとだけ安心した」
「ノリトさん、ここです。このお店にはいろんな種類のチョコがあって、かわいいラッピングも売ってるんですよ」
いかにも女の子が好きそうな感じの店構えが、僕の目の前にそびえ立つ。自然と変な緊張感が襲ったため、足が止まってしまう。
「大丈夫ですって! ほら、あそこにカップルがいるじゃないですか。堂々と入っちゃいましょう!」
大隅さんは尻込みしている僕の背中をどんどん押して、強引に店の中に突入した。一瞬だけうっとなったけど、みんな品定めに夢中で、僕らのことを気に留める様子がない。
(――これなら周りの目を意識せずに、堂々と買い物ができるかも)
「ノリトさんは、どんな物を作ろうと考えてますか?」
「あー、うん。どうしようかな。安易かもしれないけど、サッカーボールの形にしようかなぁと」
「立体と平面、どちらにしますか?」
「えっと、簡単なほうで……」
手作りチョコのキットの中で、使えそうな物を次々セレクトしてくれる大隅さん。その様子は、マジで天使だと思ってしまった。
「ラッピングはどうしましょう? かわいい感じにします?」
「ラッピング!? ああ、そうか。そのままチョコを手渡すワケじゃないもんね。あ~、えっと。うー……」
目移りしそうなくらいにたくさんあるラッピングの中から、シックな感じの物を選んでみた。べたにかわいいのは、間違いなく吉川からツッコミが入るであろう。
無難が一番! って、まるで僕みたいじゃないか。
「次はチョコを選びましょう。サッカーボールなら、ホワイトチョコですね。メーカーによって、ミルク感が違うんですよ」
「ミルク感? わかるような、わからないような」
ぶつくさ言いながら、真剣に原材料名を確認した。
「ノリトさん原材料名を見て、何かわかるんですか?」
原材料名をしげしげ眺める僕を、大隅さんは不思議そうな顔で見つめる。
「えっ、いや。吉川って、実はアレルギー持ちなんだ。だからきちんとチェックしておかないとなって思って」
「すごい! そんなことまで把握してるんですか!?」
尊敬の眼差しで見つめる大隅さんの視線で、頬がぶわっと熱を持ってしまった。
「だけど、食べ物の好みを全部把握しているワケじゃないよ。偶然、話を聞いて知ってしまった、みたいな……」
「でもでも食べ物の好みより、そういう体の大切な情報を知ってる方が、レベルが高いです。できる恋人って感じしますよ!」
「あ、ありがと……。そういう大隅さんは淳くんに、チョコをあげるんでしょ?」
――やられたら、やり返す。そんな切り替えしをした僕に、大隅さんは目の前で大いに慌てふためいた。
お互い顔を赤らめて見つめ合ってる姿は、傍から見たら仲の良いカップルにしか見えないことを、ふたりはまったく知らなかった。
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