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昼休み、ノリのクラスに行こうとスキップしながら、教室を出た。向かう理由はもちろん、チョコレートを貰うため。ノリが心を込めて作ったチョコを、放課後までなんて待っていられない! 恥ずかしがって拒否っても、絶対に徴収してやる。
そんなことを考えながら、どうやって奪ってやろうかと目論んで廊下を進むと、見慣れた背中が目に留まる。
2つは淳と大隅さん。そして少し離れたところに、ほっそりとしたノリの背中があった。
その影に隠れるように、うちのクラスの女子が赤い顔をしながら、何かを手渡す。ノリはそれを頷きながら、黙って受け取った。
「あー、なーんでこのタイミングでやって来るんだよ、吉川」
俺が横に並ぶと、淳は心底イヤそうに文句を言う。
「何でって言われても……」
「ノリトが心配すぎて、コッソリGPSでも埋め込んでるんだろ。本当に怖いー」
傍にいる大隅さんは俺とノリを交互に見て、困った顔をした。
やがてクラスの女子が俺と目が合うなり、逃げるように反対側の廊下を走り去って行く。その様子をぼんやりしながら見送る線の細い背中に、大きな声をかけた。
「智人っ!」
普段は使わない名前で呼んでやると、肩をビクッと震わせながら、呆然とした顔で振り返る。
「吉川……」
手に持っているチョコを隠そうともせずに、そのまま立ち尽くして微動だにしないノリの目の前に、ゆっくりと近づいた。
「何をのん気に、女子からチョコを貰ってんだよ」
いつもよりもトーンの低い声で言うと、ノリは困惑を示すように眉根を寄せて、小さい声でボソボソ話し出す。
「違うんだ、これは……。実は僕宛じゃなく、吉川に渡して欲しいって、頼まれた物なんだ」
「はあ!? お前、何考えてんだ?」
「あのね吉川、話を聞いて欲しいんだ。これは――」
「聞いていられるかよ。自分が何やってるか、わかってんのか? 俺が今どんな気持ちなのか、わかってんのかよ!?」
まごまごしているノリにイラついて、思わず胸倉を掴んでしまった。その腕を誰かが握りしめた。
「吉川、ノリトの話をちゃんと聞いてやれって」
間に入ろうとした淳のウザさに、心底辟易する。
「うっせぇな! 部外者は黙ってろ! これは俺らの問題なんだ」
淳にぴしゃりと言い放つと、俺の腕を掴んでいた手が外される。改めてノリに向き直りながら掴んだ胸倉を引き寄せると、ノリの瞳の中に怒りまくった、自分の姿が映っていた。
こんな醜い嫌な姿を、大好きなコイツに見せたくないのに……。
「俺は言ったはずだ。本命以外のチョコを受け取るつもりはない。でもその本命は俺のことなんて、好きじゃないのかもしれないな。だから平気で、傷つけるようなことができるんだ。きっと――」
「吉川?」
「片想いのままの方が、案外良かったのかもしれない。こんな仕打ちを受けるくらいなら、さ」
自分の気持ちを吐露した途端に、体中の力が抜けた。胸倉を掴んでた手をゆっくり外し、肩を落としてその場を後にした。
ノリはそんな俺のことを、追っては来てくれなかったのである。
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