100人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「予想通り、ここにいると思った。頭を冷やせたのか?」
見慣れた背中に俺が声をかけると、不服そうに真一文字に結ばれた口元の吉川が振り返った。
――どうしてノリトじゃないんだ――
そう顔に書いてあるように見えるのは、気のせいなんかじゃない。
「何しに来たんだよ。ひとりにしてほしいんだけど」
「大事な親友を泣かされて、黙っていられるか。話くらい聞けよなー」
「ノリのヤツ、泣いたのか?」
「教えてやるもんか! 片想いのつらさを知らないヤツに、ノリトのことを知る権利なんてない」
ぶつくさ文句を言いながら、俺以上に不機嫌な吉川の隣に並んでやる。
「淳……」
「吉川は、片想いなんてしていなかったんだ。そのときにはもう既に、ノリトはお前を意識していたし」
どちらが先なんてわからないけど、想い合っていたのは確かな事実なんだ。
「吉川はノリトのことを知りたくて、俺に近づいたんだろ? 雑草と化すから、とか何とか言ってノリトは逃げていたけど、それでもアイツの視線の先には、いつもお前がいたもんなー」
「……ごめん」
「謝って欲しくて言ってるんじゃない。吉川ってホント、バカなヤツ!」
おどけながら軽く体当たりをすると、思ってた以上に吉川の体がグラついた。
(やっぱり相当堪えてんな。ノリトの意図がわかっていれば、こんなことにはならないのにさ)
「吉川って、ノリトのどこが好きなんだ?」
「ノリの好きなところ……。優しいところとか」
「へー」
「ちょっとツンなところとか、デレるとめちゃめちゃ可愛い顔するんだよな……」
吉川は長い睫を伏せて、切なげに微笑みながら語っていく。
「はいはい、ごちそうさん。でもノリトの優しさは、吉川だけに発動されるものじゃない。俺がバカやってミスったときも、笑って許してくれたんだ」
「そうか。何かアイツらしいな」
「いっそのこと、叱ってくれた方が俺は嬉しかったのに……」
「ノリが怒るとすっげぇ怖いぞ。淳なら、次の日まで引きずるって」
――吉川に対して、真剣に怒るノリト。それは俺に対する思いと、吉川に対する想いの質が違うから。
「ノリトのことを全然わかっていない吉川に、とやかく言われたくない。俺は部外者じゃないんだ。れっきとした、親友さまなんだからな。あのときノリトが何を言おうとしていたのか、すべてわかっているんだから」
「マジで!?」
「吉川を好きなノリトが女子からのチョコを、簡単に受け取るワケがないだろ。 お前を想った上での優しさだったのに」
「ぜんっぜん、わからねぇ……」
ほんの少しだけ、優越感を感じる。いつも傍にいたからこそ、ノリトの気持ちがわかるんだ。そしてその優しさに触れて俺もまた一歩、前を向いて歩いていける。
親友がしてくれたお節介に、お節介で返してやる。全力で応援したいって思っているから。
「吉川は自分の気持ちばかりあれこれ言ってるから、ノリトのことを理解できないんだ。なんていうか本当に、暴走列車みたいだよな。走り出したら誰にも止められない感じがさ。もしくは闘牛とか!? 赤い布がノリトで、どどどって突っ込んで興奮する闘牛吉川!」
「なんだかなぁ、嫌になる。自分の馬鹿さ加減に呆れた。ノリを傷つけたくなかったのに、何やってんだろうな」
フェンスを背もたれにして空を仰ぎ見る吉川の頬に、ちゅっとキスしてやった。
「ギョギョッ!」
「落ち込んだフリするな。今、壮絶に落ち込んでるのはノリトなんだぞ」
慌てふためきながら頬を袖で必死に拭う吉川に、しっかりと釘を刺してやる。
「吉川はノリトに、チョコを用意したのか?」
「え? ……いや」
「本来、女子から男子にあげる儀式になってるけどさ、ノリトも貰える権利があるだろ」
俺が指摘すると顎に手を当てて、吉川はじっと考える。
「ノリトだって男なんだし、大好きな吉川からサプライズでチョコを貰ったら、すっごく喜ぶだろうな」
「それ……どうして早く、教えてくれなかったんだよ?」
「マメな吉川なら思いつくと思って、あえて言わなかっただけ」
(――これは嘘だけどな。たまにはイジワルくらいさせろ)
「吉川は放課後、俺のクラスに来い。お前たちの仲直りの場として提供すべく、セッティングしといてやる。ちゃんとノリトの話を聞いてやれ。その後一緒にチョコでも何でも、買物に行けば?」
考え込んで油断している吉川に愛の鉄拳を食らわせてから、屋上を後にした。
吉川の暴走がなければ、きっと上手くいくはずだ。
最初のコメントを投稿しよう!