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「さっきはありがとうございます。助かりました」
「別に。……じゃ、俺行くから」
「あ……!」
「何、まだ何かあんの?」
ますます不機嫌になる彼に、悪いと思いながらも呼び止めてしまう。
迷惑そうにしながらも、ちゃんと僕の目を見て話を聞いてくれる。
本当に、優しい人だ。
「名前……教えてもらえませんか?」
「は、何で?」
怪訝そうに目を細める彼に、羞恥が沸き上がる。
何故教えてもらえると思ったのか。
警戒されないとでも? 僕なら間違いなく警戒している。
奴に教えなかったのだから、僕にだって教えてくれないことぐらい少し考えればわかることなのに。
恥ずかしい、顔から火が出そうだ。
俯き、自分の発言に後悔した。
本気で穴を探しかけたとき、ため息とともに、あーもう、という面倒臭そうな声がかかった。
「石黒誠。三年」
「え……あ、二年の月下部夜凪です……」
「……知ってる」
初めはただ、殴り殴られただけの関係だった。
それが今、挨拶を交わしただけの関係に変わった。
大した出来事ではない。
学園が傾くほどの転校生の存在に比べれば、些細なことだ。
でも、僕にはそれが、とても特別なことのように思えた。
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