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「何だ、まだいる……」
もう帰っていることを望んでいたというのに、その人はまだあの木の陰にいた。
先程と変わらず、紙の擦れ合う音が聞こえる。
母に持たされた花柄のペアマグカップを両手に立ち尽くす俺の、何とまあ間抜けなこと。
関係ないと言われて、俺自身そう思っているのに、何故また来てしまったのだろう。
この人が高熱でぶっ倒れようが寮のベッドの中で苦しもうが俺の知ったことじゃない、そう、そのはず。
「……ねえ。何なの、君」
俺の存在に気づいたらしいその人は、恩を売りたいなら他を当たってよ、そう言って俺に背を向けた。
ような気がする。
実際は暗すぎて見えていないのだが、何となくそんな気がした。
さっさと引き返せばいいのに、これまた何故か逆に近づいていった。
何をしている、止めろ、俺。
思いとは裏腹に、俺の足は歩みを止めようとしない。
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