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電車は一時間に一本、バスは一日に一本というド田舎の、無駄に長い坂を上った先にある無駄に立派な坊ちゃん校。
当然車なんて通るはずもなく、聞こえるのは俺達の息遣いのみだ。
大木のすぐ傍まで近づくと、その人が息を呑むのがわかった。
「なん、なんだよ……!」
「っ……!」
突然本が飛んできて、避けきれなかった角の部分が頬をかすめた。
切れたのだろうか、鈍い痛みが走る。
そんなことはお構いなしに、俺はさらに歩みを進めた。
放っておけないと思ってしまうのは、俺を威嚇するこの人の声が酷く怯えていたせいなのだろうか。
「これ、良かったら飲んでください」
「……何、これ」
差し出されたものを受け取ってしまうのは人間の性というか、何というか。
バツが悪そうに発せられた質問に、思わず笑ってしまった。
「笑っていないで質問に答えなよ」
「すいません。えっと、一応レモネードなんですけど」
「レモネード……?」
「体、冷えてると思って……ああ、毒は入ってないんで大丈夫です。ほら」
もう一つのマグカップに口をつけ、わざと喉を鳴らして飲んでいることを証明する。
そこで、気づいた。
これは何の証明にもなっていないのではないか、と。
こっちのマグカップに注がれていたレモネードが渡した方のレモネードと同じように作られたとはわからない。
さらに言うならば、作ったあとに渡した方だけに何かを入れている可能性もある。
考えれば考えるほど穴だらけだ。
学年主席が聞いて呆れる。
もう誰かに譲ろうか、もれなく退学だが。
そんな馬鹿なことを考えていると、何かに息を吹きかける音が聞こえてきた。
どうやら飲んでくれるらしいが、あれだけ警戒していたのにいいのかそれで。
「あの、もう冷めてると思うんですけど」
「ね、猫舌なんだよ……熱いの飲めないんだ」
冷めたらホットの意味ないんだけどな。
内心ため息をついていると、今度は彼の喉が控えめに鳴った。
あまりにも上品な音だったので、育ちのいい人なんだろうと勝手に解釈する。
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