無敵のお嬢様参上!

2/6
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
大正時代の、ある家庭の日曜日の午後。 「ピアノなんて、大っ嫌い!」 糀谷駒子は、両手を鍵盤の上に叩きつけ、部屋を飛び出し、どたどたと大きな足音を響かせて、階段を駆け下りた。 「駒子お嬢様お待ちください!あともう少しで新しいピアノの先生がいらっしゃるんですよ!?どうかお戻りください!」 後ろからは、駒子の乳母である、ユクさんの声が後を追う。駒子は、着物の裾が乱れるのも構わず、全力で廊下を駆け抜けた。 「ああ、旦那様になんとご報告していいものやら…」 ユクさんが3階の音楽室の前で、がっくり肩を落としているころ、駒子は家の外にいた。大きな藤棚のある庭を通り過ぎ、屋敷の外れにある馬小屋に向かう。 「私のかわいいブラック・アレクサンダー、元気にしてた?」 駒子が声をかけると、艶やかな黒い毛並みの子馬が、鼻を上げた。 「私にとってはね、お前が私の兄弟で家族なのよ」 アレクサンダーの頭から首にかけてを撫でると、ぺろりと舌を出して、手を舐めてきた。 「ふふふ、くすぐったいなあ。大好きよ、アレクサンダー」 駒子は、去年の13歳の誕生日に、父親からプレゼントされた子馬を、誰よりも可愛がっていた。 駒子の父親である糀谷将門は、海軍の元官僚で、引退後、貿易会社の社長になった。駒子の母は、あまり身体が丈夫でなく、駒子が5歳のときに亡くなった。 45歳を過ぎてできた一人娘である駒子を、父親は目に入れても痛くないほど可愛がっていた。 わがまま放題の駒子は、他の人たちが、毎日の食事にさえ事欠く時代なのに、アイスもケーキも、アップルパイも食べ飽きていた。 駒子の父親は海外で仕事をすることが多いため、ほとんど家にいなかった。 父親が家を空けるようになってから、駒子の部屋は高価な着物や洋服、本や画集で溢れかえったが、 ものが増えるのに比例して、駒子の心は孤独を増していくようだった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!