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床に散らばった着け毛と髪飾り。
男なのに、女学生風の着物を身に着けて、おろおろしているパチくん。ヒステリックに外国の言葉を叫び続けるピアノの先生だった。
「いったい、どういうことなのですか…?」
あっけにとられたユクさんは目を丸くした。
さかのぼること約3分前。
開けっ放しだった音楽室の窓から、一匹のハエが、駒子の替え玉として、ピアノの授業を受けさせられているパチくんの頭にとまった。
ピアノの教師は、ハエを追い払おうとして、パチくんの頭を手で払った。
思いのほか力が強すぎたようで、パチくんの髪はバラバラと崩れ、髪にたくさん詰められていた付け毛が髪飾りと一緒にボトボトと床に落ちたのだ。
パチくんを問い詰め、ユクさんが事情を聞きだし終えたころ、
窓からヒヒーンという馬の鳴き声が聞こえてきた。
ユクさんが窓から下を見ると、
乗馬服に着替えた駒子が、アレクサンダーの手綱を片手で握り、空いたほうの手で手を振っていた。
「駒子お嬢様!ユクは今日こそお嬢様をお許しいたしません。
ユクは、旦那様から、駒子様を立派なレディにお育てするよう、仰せつかっているのです。
鉢元を女装させて、ピアノのレッスンの替え玉にするなんて、
悪ふざけにも程があります。どうか、レッスンにお戻りくださいませ!」
「まったく、すぐにバレるなんて、パチくん要領わるいなあ。
もっと時間稼いでくれると思ったのに。後でドジしたパチくんを懲らしめてやらないと。お父様に伝えて。駒子はピアノ練習する気、さらさらないって!」
駒子はユクさんの言葉を無視し、アレクサンダーの背中に乗って駆けていった。
ユクさんはその後、外国にいる駒子の父、糀谷将門にあてた手紙に、
駒子が女装させた執事を替え玉にして、
ピアノの練習をさぼった事件の一部始終をしたためた。
将門からの返事は、駒子が元気そうで何よりだ、ということと、
駒子のおてんばも、年齢とともに落ち着くだろうと書かれていた。
ピアノについては、そこまで本人が嫌がるなら、無理に習わせなくても良い、と書かれていた。
ユクは将門からの手紙を読み、深いため息をついた。
無敵のおてんば娘、駒子お嬢様を手なづけられるのは、誰もいないのかもしれない、と。
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