8人が本棚に入れています
本棚に追加
「そうですか。喜んで頂けたのなら何よりです」
ほっとして答えると、彼は少し考えるような間を置いてから切り出す。
「あんたには、一度きちんとお礼を言いたいと思ってたんだ。公園で会った時も心配して貰ったし……それで、もし時間があるなら、その……」
続きを待っていると、少し躊躇いがちな口調で「お茶でもどうかな」と告げられる。
昔からあるナンパの常套句も、真面目そうな彼の口から出ると嫌な気はしなかった。
実際に悪い人じゃなさそうだし、お茶くらいなら良いかな。
「はい。構いませんよ。良かったら近くのカフェに行きませんか?落ち着ける所なので」
笑顔で応じると、彼が嬉しそうに微笑んでみせたから、何だか私まで嬉しくなる。
思えば男性と二人だけでお茶するなんて、随分と久々だけど。
お互いにレジで買い物を済ませてから、行き付けのカフェに案内する。
「私は椚透子(クヌギトオコ)と言います。この辺りには、よく買い物に来るので」
簡単に自己紹介すると、彼も名乗ってくれた。
本野太一さんという名前で、彼もこの通りの商店をよく利用するらしい。
聞けば、家も私が住むアパートのすぐ近所だった。
話しながら歩く内に、アンティークの風見鶏が目印のカフェ『repos(ルポ)』に着く。
店名はフランス語で、『休息』とか『安らぎ』を意味するらしい。
店内も白と赤茶色を基調としたシックな内装で、静かでリラックス出来るお気に入りの場所だ。
「静かで良い店だな。読書にも良さそうだ」
本野さんもそう言ってくれたから、連れてきて良かった。
テーブル席に向かい合って座ると、品の良い初老のマスターがメニューを渡してくれる。
「本野さんは、甘い物はお好きですか?此処はケーキとかも美味しいんですよ」
「嫌いじゃないけど、今日はコーヒーだけにしておくよ。あんた、いや、椚さんは好きなの頼んでくれていいから」
そう言ってくれたけれど、私も紅茶だけ頼んだ。一人で食べるのも悪いし。
香りの良い紅茶をゆっくり味わいながら、当たり障りの無い世間話や趣味の話をする。
読書家らしい本野さんは色々な事を知っていて、興味のある話になると饒舌になるようだ。
だから聞き役に回るのも、それほど苦にならなかった。
「――僕はどうも、起立性低血圧症らしいんだ。あの時の立ち眩みも、それが原因でね」
つい読書などに夢中になると、この前みたいな失態をやらかしてしまうんだとか。
最初のコメントを投稿しよう!