紅茶と本と、安らぎの場所

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頭を掻きながら、溜め息混じりに教えてくれた。 詳しく訊いてみると、要は立ち上がった時に急激に血圧が下がる事で、目眩や立ち眩みの症状が出てしまう病気らしい。 起立時にはゆっくり動き、水分補給を欠かさない事で、防げるそうだけれど……それであの時も、水を飲んでいたのね。 本野さんの話を聞くのは楽しいけれど、そうした事情を知ってしまうと、あまり長く話しているのも悪い気がした。 「そろそろ出ませんか?まだ買い物の途中なので……」 「ああ、そうか……お礼のつもりが、長話に付き合わせてしまったね」 「いいえ。色々なお話が聞けて、楽しいお茶でしたから」 そう答えると、本野さんは恥ずかしそうに笑いながら、然り気なく伝票を取った。 紅茶を二杯飲んじゃったけれど、これくらいなら変に遠慮する事もないよね。 「ご馳走様でした」 カフェを出てからお礼を言うと、本野さんはまた何か言いたげな顔になる。 「良かったら、また会えないかな。もっと色々、話してみたいし……」 十秒くらい待ってから真剣な顔で告げられて、少し戸惑ってしまったけれど、彼となら良い友人になれる気がした。 「なら、メアド交換しませんか?」 そう返事して携帯を出すと、本野さんも緊張の取れた表情で上着のポケットからスマホを出した。 私もスマホに変えようかな、なんて思いながら、登録を済ませる。 「有り難う。今日は会えて本当に良かったよ」 「こちらこそ。時間が出来たら、メール下さいね」 「ああ。それじゃあ、また」 何処か照れ臭そうに背を向けると、本野さんは書店の袋を小脇に抱えて去って行った。 晴れた空の下、その後ろ姿を少しだけ見送ってから、私もスーパーへと足を向ける。 今から行けば、三時のタイムセールに着けるだろう。 そんな訳で、この日から本野さんとの友達付き合いが始まった。 二月に入ると、予想通り忙しくなり始める。毎年の事だけれど。 チョコやラッピング用品の他にも、男性でも使えるような雑貨が入荷される傍から売れていく。 大雪が降ったりもして、開店前に通りの雪掻きを手伝う事もあった。 太一さんとは、あれから何度かお茶をしたり食事に行ったりもしたけれど、最近はメールでやり取りするくらいになっている。 メールする内に名前で呼びあうようにはなったけれど、恋人という訳じゃない。 付かず離れずといったところだけれど、その距離感が私には居心地良かった。
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