紅茶と本と、安らぎの場所

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ソファーに座って一人で唸ってると、少し経ってから携帯の着信音が鳴った。 『明日は忙しいから。今から会えないかな。丁度、帰る途中で、あの公園の前に居るから』 今からって……。 壁の時計を見ると、もうすぐ零時だ。日付上ではヴァレンタインになるけれど……。 時間を考えれば断っても悪くないだろうけど、チョコならともかく手作りのケーキだから、早めに渡さないと傷んじゃうし。 迷ってる内にも、深夜の寒空の下で太一さんが待ってくれているだろう事を思うと、何だか居ても立ってもいられなくなった。 『分かりました。急いで行きますね』 返信してからコートを着ると、紙バッグと部屋の鍵を掴んで、飛び出すように外へ出た。 深夜の冷気が肌を刺すようだけれど、道を走って行く内に体温も上がってくる。 街灯を頼りに白い息を吐きながら走って――何だか笑いたくなってきた。 恋人でもない人の為に、何でこんな必死に走ってるんだろうって。 勿論、どうでもいい相手だったら深夜にランニングなんてしないだろうし、太一さんとはこれからも良い関係で居られたらと思う。 友人として――多分。 公園に着くと、太一さんは街灯の傍に据えられたベンチに座って読書をしていた。 青白い光が照らすのは、書店カバーにプリントされたゴッホのヒマワリ――。 そのヒマワリと、十日ぶりくらいに会う太一さんの顔を見たら、不思議な安堵感が込み上げてきた。 「やあ。こんな時間に無理を言って、すまなかったね」 こちらに気付いた太一さんは本を仕舞うと、申し訳なさそうに告げる。 「いいえ。先にメールしたのは私の方ですから」 言いながら、自然と太一さんの隣に座っていた。 「これ、良かったら食べてみて下さい」 紙袋を差し出すと、太一さんは少し青ざめた顔で微笑みながら受け取ってくれた。 寒い中で待っていてくれたんだから、当然だよね。近くの自販機でコーヒーでも買ってくれば良かったな。 「ん?これは?」 紙袋の中を見た太一さんが、ショップの青い袋に気付いて取り出す。 「お店で扱ってる商品なんですけど、太一さんに使って貰えたらと思って……」 太一さんて物への拘りはあまり無さそうなんだけれど、気に入ってくれるかどうか、少し不安になってきた。 彼は興味を持ったように、袋を開けてみせる。 そして、取り出した品物をじっと見詰めた。
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