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部屋中に聞きなれない大きな音が響いた。まるで、ギターの弦が全て弾け切れたような。
ギター?
もう何年も仕舞いこんだままの、コードも忘れてしまったギターは、エレキとアコースティックの二本ともクローゼットの奥だ。
鉄郎はそっとベッドから降りると、足音を忍ばせてクローゼットに手をかけた。実家を出る時に荷物が多かったから、クローゼットの広い部屋を選んだ。窓のない、三畳ほどのウォークインクローゼットだ。そっと押し開いて、照明のスイッチに手をかけた。
そこに、いた。
立てかけた二本のギターに寄り添うように、壁に体を預けた有紗が、眠っていた。いや、眠っているように見えた。
顔も、腕や足も、おそらく見えない部分にも、信じられないほどのアザがあった。
鉄郎は駆け寄ると、有紗を抱き上げた。
人形のように軽い。まるで、中に綿でもつまっているようだ。そして、冷たい。大理石のような冷たさだ。呼吸もしていない。ただ、肌は柔らかく、ぐったりとしているが硬直はしていない。
鉄郎は有紗を抱きかかえ、クローゼットを出た。ベッド脇の壁を背に座らせた。
「有紗、どうしてここへ来たんだ?」
有紗はすやすやと眠る。長い睫毛は微動だにしない。
「ツトムから逃げてきたのか?」
青く変色した唇は、奥歯を噛み締めるように固く閉ざされている。
「俺を選んで来てくれたのか?」
こくりとひとつ頷いてくれたら、それで満足できるのに、有紗はしてくれない。
鉄郎は頭を撫で、頬をさすり、手を握った。首元に顔をすり寄せて、口づけしようとして、やめた。怒りや悲しみが溢れ出すと思っていたが、そうではなかった。
鉄郎は、安心していた。
ツトムはもう捕まっている。有紗はもうツトムのところへ帰ることはない。これ以上、乱暴されることもない。有紗がここで息絶えたのだとしたら、ここを最期の場所として選んだのだとしたら。そう考えると、鉄郎は心が震えた。
「ずっとここに、いていいんだよ」
また歌声が聞こえる。ボリュームを最小にした雑音混じりの音が、鉄郎の鼓動に共鳴するように鳴り響く。
鉄郎は有紗の隣に座り、夜が明けるまで歌声に耳を傾けていた。
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