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缶切りを無くして、開けられないままの缶詰みたいな男だ。鉄郎は自分をそう思う。
空は淡い水色で、遠くに行くほど白く見える。
逃げて遠くで生きていてくれたら、まだ良かった。渡り鳥のように、またいつかどこかですれ違えるなら、まだ良かったのだ。
もう、有紗は探したってどこにもいない。
部屋の片隅で、壁に背を預けて目を閉じた有紗は、もう有紗ではないのだ。魂は体から抜け、紙のように薄っぺらな、米粒のように小さな光になって、漂っているだけなのだ。
知っている。
知っているが、鉄郎は気付かないふりをしていた。このまま時間が止まって、別々になった有紗の体と魂を独り占めできたなら。
最低。
独り占めできたなら。
最低。
独り占めできたなら。
君は何を想っているだろう。
「ただいま」
玄関を開けると、人影が横切った。
「有紗? 有紗なのか?」
買い物袋を玄関に放り出して部屋に入った。有紗の姿を探す。いない。毛布だけ残されている。
「有紗?」
慌てて探す。ベッドの下、テーブルの下。そして、クローゼット。その奥。そこにいた。ギターの横に、最初と同じように座っていた。
違う。
口が開いている。
微かに開いた唇の隙間から、ビニールの袋に入ったアルミホイルの塊が見えた。
鉄郎はそれをすぐ理解した。
「有紗、これを隠す為に、ここに来たのか? ツトムを助ける為に」
そうだ。これが、警察が今探している証拠だった。
あの日、ツトムからこれを奪い取った有紗は、ツトムの手をこれ以上汚さない為に、自分の口の中に入れて家を出ようとした。ツトムはそれを阻止し、吐き出させようとして殴った。殴り続けた。しかし、有紗は絶対に口を開けなかった。死んでも開けなかった。ツトムは口が開くまで、有紗を床下に隠すことにした。しかし、固く閉ざされた口は開くことがなく、殺人で捕まることを恐れたツトムは逃げた。
そして有紗は、このまま死体が見つかれば、ツトムが薬物の売買に手を染めていたことがバレると思い、鉄郎の部屋へやってきたのだ。鉄郎の部屋だけが、有紗を唯一救ってくれる場所だったからだ。
「ごめんね」
とは聞こえない。聞こえないが、聞こえないふりをした。いや、最初から全部知っていたような顔をして、鉄郎は笑った。
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