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「あっそ。ずっと興味ないんだな。一回合コン連れてってやったのに、ずっと隅で丸くなってたもんな。パソコンばっかりで仕事してるやつは違うな」
「だから、興味ないんだって」
ツトムは馬鹿にするように鼻で笑って、足を組み直した。指にはゴテゴテした指輪がいくつもついていて、どれが婚約指輪なのかわからない。鉄郎は曇った空を見上げるがまぶしくてまた視線を落とした。
「有紗、元気?」
「ん? ああ。元気だよ」
「歌は・・・」
「ああ? 歌って、もうバンド解散したじゃねえか。あれからは何もしてねえよ」
「そっか。有紗の歌、聴きたくなってさ」
ふうと大きく煙を吐いて、ツトムは睨むように鉄郎を眺めた。
「もう歌わねえだろ、きっと」
喫茶店を出て、ツトムの猫背な後ろ姿を見送った。プロのドラマーとは名ばかり、実際は知り合いのバンドで欠員が出た時だけ入る助っ人で、普段はアルバイトで生計を立てている。噂では、スタジオミュージシャンの見習いとして入った場所で喧嘩を起こして業界では干されているらしい。
知っている。
有紗を大切にしていないことも。
有紗が、苦しんでいることも。
絶対ないしょだよ、と有紗は言った。
「ツトムにバレると、色々面倒なんだ。だから、ここで会ったことは絶対ないしょだよ。誰にも」
有紗は、会う度そう言った。
「わかってるよ」
呆れたように鉄郎が言うと、苦笑しながら「そうだよね」と呟いた。人目につかない場所、となれば、鉄郎の部屋しかなかった。郊外のショッピングセンターも考えたが、ツトムの知り合いにでも見つかったら、大変なことになる。
有紗の二の腕と足の脛の青あざが生々しい。傷が治る前に新しい傷ができる。
「別れたらいいのに」
「そんな・・・できないよ。だって、あの人、一人じゃ生きていけないし。不器用だから、私がいてあげないと」
「そう」
痩せた。小さくて細い上に、どんどんやつれていく。
有紗は鉄郎の部屋に来るとリラックスして過ごした。お茶を飲んで喋ったり、漫画を読んだり、テレビゲームをしたり、アルバムを開いて笑ったりもした。ひとしきり遊んだあと、また緊張した面持ちになって帰っていく。その姿を送り出すのが、鉄郎は辛くなった。
月に一度くらいの頻度で、鉄郎が休みの日の昼間、有紗はやってくる。
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