ドキュメント

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「それ、また新しいアザだな」 「ああ、これ? うん。私の不注意だったの。たまたまスーパーでレジに並んだら、店員さんが男性で、ツトムがそれを見てたのね。別に店員さんと何か話したりはしてないんだけど、ツトムは気に食わなかったみたいで」 「殴ったの?」 「・・・うん」  左頬に、赤いアザがある。 「ちょっと、いい?」  鉄郎は、有紗の髪の毛をかきあげて、そのアザをたどった。耳まで腫れている。 「病院、行った方がいいかも」 「いいの。たいしたことないから」  鉄郎は中指の先で、アザをなぞった。 「こんな生活、長くもたないぞ」 「私が気をつけていれば、ツトムだっておとなしいのよ。大丈夫。時間が経てば、落ち着くよ、きっと」  有紗は子供のように笑って見せた。いつからこんなに作り笑いがうまくなったのだろう。鉄郎は俯いて頭を抱えた。 「あのさ、有紗。お前がアイツといっしょにいる以上、僕はお前を助けられないよ。頼むから、ツトムと別れてくれよ。でなきゃ、お前がアザだらけになって行くのを僕はただ眺めてるだけだ」  有紗はすがるような眼差しで、鉄郎の両手に自分の手を重ねた。 「ううん。お願い。私はいいの。アザだらけになっても、傷だらけになっても。ただ、こうして鉄郎とたまに会えると、とても落ち着くから。また会いたくなるから。だから、お願い。鉄郎には悩んでほしくない」  顔をあげると、有紗と目が合った。  全く悲観のない、真っ直ぐな瞳だ。  まるで、去る鳥を見つめるような遠い、希望に満ちた光が宿っている。  肩の青いアザを包むように抱き寄せると、閉じた唇同士が優しく触れ合った。  たった一瞬だったが、有紗の目から一筋の涙が溢れていた。罪悪感なのか。ふわりと有紗の髪の香りが広がる。このまま腕をまわして、離さなかったら、有紗はずっとここにいるだろうか。いや、それはない。有紗とツトムは、磁石のように引き寄せ合っているからだ。 「ごめん」 「いいの」  高校時代によくしていたように、鉄郎は有紗の頭に手を置いた。 「僕は見ててやるから」 「・・・ありがとう」  有紗は帰った。  それから、鉄郎の部屋に有紗が来ることはなくなった。もしかすると、鉄郎の部屋に出入りしていたことが知られたのかもしれない。結局、入籍の連絡は何もなかった。
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