2人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
「それ、また新しいアザだな」
「ああ、これ? うん。私の不注意だったの。たまたまスーパーでレジに並んだら、店員さんが男性で、ツトムがそれを見てたのね。別に店員さんと何か話したりはしてないんだけど、ツトムは気に食わなかったみたいで」
「殴ったの?」
「・・・うん」
左頬に、赤いアザがある。
「ちょっと、いい?」
鉄郎は、有紗の髪の毛をかきあげて、そのアザをたどった。耳まで腫れている。
「病院、行った方がいいかも」
「いいの。たいしたことないから」
鉄郎は中指の先で、アザをなぞった。
「こんな生活、長くもたないぞ」
「私が気をつけていれば、ツトムだっておとなしいのよ。大丈夫。時間が経てば、落ち着くよ、きっと」
有紗は子供のように笑って見せた。いつからこんなに作り笑いがうまくなったのだろう。鉄郎は俯いて頭を抱えた。
「あのさ、有紗。お前がアイツといっしょにいる以上、僕はお前を助けられないよ。頼むから、ツトムと別れてくれよ。でなきゃ、お前がアザだらけになって行くのを僕はただ眺めてるだけだ」
有紗はすがるような眼差しで、鉄郎の両手に自分の手を重ねた。
「ううん。お願い。私はいいの。アザだらけになっても、傷だらけになっても。ただ、こうして鉄郎とたまに会えると、とても落ち着くから。また会いたくなるから。だから、お願い。鉄郎には悩んでほしくない」
顔をあげると、有紗と目が合った。
全く悲観のない、真っ直ぐな瞳だ。
まるで、去る鳥を見つめるような遠い、希望に満ちた光が宿っている。
肩の青いアザを包むように抱き寄せると、閉じた唇同士が優しく触れ合った。
たった一瞬だったが、有紗の目から一筋の涙が溢れていた。罪悪感なのか。ふわりと有紗の髪の香りが広がる。このまま腕をまわして、離さなかったら、有紗はずっとここにいるだろうか。いや、それはない。有紗とツトムは、磁石のように引き寄せ合っているからだ。
「ごめん」
「いいの」
高校時代によくしていたように、鉄郎は有紗の頭に手を置いた。
「僕は見ててやるから」
「・・・ありがとう」
有紗は帰った。
それから、鉄郎の部屋に有紗が来ることはなくなった。もしかすると、鉄郎の部屋に出入りしていたことが知られたのかもしれない。結局、入籍の連絡は何もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!