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「さあ。あ、でも、噂じゃあ、クスリに手を出したんじゃないかって話だぞ。ああいうのって、手っ取り早く稼げるだろ? 自分でも使ってたんじゃねえか?」
ツトムのタバコ臭い空気を思い出す。爪の先まで煙に染まった、あの気だるい空気。あいつなら、やりかねない。
有紗は?
「なあ、有紗はどこ行ったんだ」
「え? ああ、どこ行ったんだろうなあ。もういい加減別れただろ」
そうだろうか。
そんなに簡単に別れるだろうか。
有紗なら、ツトムがクスリをやっていたとしても、きっと別れない。やめさせようとするだろう。傷だらけになりながらでも。
「職場から相談して、部屋に警察も入ったらしいが、中はそのまま。手がかりも証拠もなかったそうだけど」
嶋田が楽しそうに話す言葉は、何も頭に入ってこない。鉄郎は、携帯電話の着信履歴を眺め続けた。
夜中に目が覚めた。
耳の奥で、虫が羽をこすり合わせるような微かな振動を感じる。汗をかいたようだ。起き上がって空気に触れた背中がひやりとした。ベッド脇にあるデスクライトのスイッチを入れると、床に広がったアルバムが目に入った。高校時代のアルバムだ。友人たちが撮った三年生のクラス写真。棚にしまっていたはずだが、なぜかこの一冊だけが床に転がっている。
ページをめくる音がする。
しかし、アルバムはめくられていない。
またページをめくる音がする。
まるで、有紗が床に座って、アルバムをめくっているような気がした。
いないのに、有紗を感じる。
冷えた背中から腕がのびてきて、鉄郎の胸にしがみつくようにまわりこむ。色も形もなく、ただ冷えた空気がまとわりついただけなのに、それをまるで有紗のように感じた。
「有紗?」
はっとして視線を背後に移す。
ベッドについた手に何か触れた。
長い髪の毛の束が、掛け布団の隙間から溢れている。
柔らかい、懐かしい感触だ。
鉄郎は、それを、優しく撫でた。
猫でも撫でるかのように、毛先に向かって三回撫でた。
すると、髪の毛は、ずるずると布団に潜り込み、消えてしまった。その後を追って布団をめくったが、何もない。
有紗に違いなかった。
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