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気にするあまりに見た幻覚か、または夢の続きか。その区別など、自分で線引きすることはできない。少なくとも、鉄郎は有紗の居場所を知りたかった。そして、今度こそツトムと別れさせたかった。例え、自分の思いが有紗とクロスすることがなくても。
ああ、そういえば、と良子は言った。
「有紗の両親、離婚したのよ。お父さんは転勤で島根に行ったの。お母さんは、確か再婚したって言ってた。ほら、有紗の実家って神社に行く途中じゃない? あそこ、もう空家なの。だから、有紗が頼るとしたら、親より友達かなって思うよ。この辺に親戚はいないみたいだし」
「お父さんのところに行った可能性は?」
「可能性はあるけど、お父さん土木作業員してて、会社の寮みたいなとこに住んでるって言ってたから・・・あ、これは高校卒業してすぐの話だから、今はどうかわからないよ。でも、両親と仲悪いって言ってたから、わざわざ島根まで行くとは思えないな」
白い三角頭巾をかぶったエプロン姿の良子は、店のカウンターに肘をついて、ボールペンを回した。良子はこうして、昔から実家のコロッケ屋の店番をしている。
「ごめんね、最近有紗とはあんまり連絡とってなくてさ。私も心配なんだけど、正直、ツトムが絡んでくると問題あるじゃん? 悪い奴じゃないけど、つるんでる連中がヤバイっていうか。半分、あっちの世界に足つっこんでるみたいだし」
そう、悪い男ではない。友達思いで、情に厚いが、寂しがり屋で短気だ。そんな男は、おそらく闇の社会の受け皿では優しく受け止めてもらえたのだろう。
良子は小声でつぶやく。
「この辺のヤクザといっしょに飲み歩いてるとこ、私見たんだ」
だから有紗もかわいそうだよね、と言ったところに店の客が来た。いらっしゃい、と大きな声を張り上げる。
「じゃあ、俺帰るわ。ありがと」
「うん、見つかったら教えてね」
実家が空家、と聞いて、無駄とは知りつつも鉄郎は有紗の実家があった場所へ向かった。古い木造の平屋の一軒家で、同じ家が並んで四軒建っている。その一番端だ。一度だけ、鉄郎も来たことがある。
ここに有紗が来ているはずはない。
ただ、誰かが、有紗に繋がる糸の端を持っているとするなら。
鉄郎は、空家の引き戸をノックした。
かしゃ、かしゃ、と頼りない音が響いた。劣化したガラスが今にも割れそうだ。
「あの、誰かいませんか」
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