瓶詰めジャム

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 絶対に壊れないから。  陽介はそう言った。  黄ばんだ曇天の下、ぬるい風が二人を撫でる。陽介は髪が乱れるのもそのまま、大きく息を吐いてスコップを地面に振り下ろした。ザクッと言って、垂直に刺さった。 「忘れろ」  吐き捨てるように呟く。  アカリは、右手に握ったままの一本のカナヅチを見た。先端が赤く潤っている。投げ捨てようとするが、磁石で吸い付いているように手から離れない。むちゃくちゃに振り回す右手を、陽介が優しく受け止めると、カナヅチから一本ずつ、指を解いてやった。 「俺も共犯だから」  ごつごつした陽介の手も、細かく震えている。この人も怖いんだ、とアカリは思った。  灰色の草っ原の、ところどころに小さな黄色い花が咲き、白い綿毛が舞っている。夏の残り香を求めても、枯れ始めた草花が秋の臭気を漂わせている。砂糖を煮詰めたような甘い香りだ。 「ねえ、陽介」 「ん」 「私の顔、鬼みたい?」  陽介はアカリの顔を見下ろした。パーツを一つ一つ、丁寧に確認するように時間をかけてゆっくり見つめた。そして、静かに息を吐きながら、 「いいや」 と低い声で言った。 「どんな顔してる?」 「生まれたばかりみたいに、何も知らない顔してる」  ふっとアカリの頬が緩んだ。 「そっか……よかった」  遠くで黒い鳥が、あーと鳴いた。 「俺たちの生活は、穏やかな日常は、何も変わらないんだ。これからもずっと。絶対に壊されたりしない」  盛り上がった土から、小石が一つ転がった。アカリと陽介は、それをただ見つめた。ぬるい風が二人を舐めるように流れていく。  陽介が手を差し出す。アカリはそれを強く握った。  新聞紙のこすれる音で、アカリは目覚めた。  コーヒーの香り。微かなテレビの声。陽介は朝が早い。時計を見ると午前五時。寝転がったままベッドの上で背伸びして、携帯電話をチェックする。黒いシーツは自分のぬくもりと、陽介のシャンプーの香りがする。起き上がって気がついた。陽介のTシャツを間違えて着ていたようだ。白いTシャツに大きく「strawberry」と書かれている。 「おはよ」 「ん、おはよ」
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