瓶詰めジャム

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 テーブルの上の新聞は、すでに二周くらい読み終えたのか皺が寄っている。保温になったままのコーヒーメーカーにはほとんど中身が残っておらず、コーヒーフレッシュの空の容器が三つ転がっている。ファイヤーキングの翡翠色のふちが、茶色く変色していた。 「それ、俺のTシャツ」 「わかってる、間違った」  アカリは食器棚から白のファイヤーキングを取り出して、残っているわずかなコーヒーを注いだ。椅子に腰掛け、チャンネルを変える。 「また人身事故だって。多いね」 「うん。何か食う?」 「私、シリアルあるからいい」 「あ、そう」  立ち上がった陽介は冷蔵庫を覗き込む。低脂肪乳をアカリに差し出し、自分には昨日の残りのきんぴらを出した。アカリは低脂肪乳をコーヒーが薄まって真っ白になるくらいまでカップに注いだ。陽介が茶碗に白いご飯をよそって、梅干を用意するのを見て、アカリは言った。 「陽介のお母さんってさ、ちゃんとした人なんだよね、きっと」 「何が」 「朝はちゃんとお味噌汁作ってさ、鮭とか焼いてさ、さあご飯よ、みんな起きなさい、とか言ってさ。そういうの羨ましい」  陽介は自分で作った味噌汁をお椀に注ぐと、ちらりとアカリを見て、アカリの分も味噌汁のお椀を用意した。 「俺んち、母さんいないぞ」 「そうなの?」 「離婚したからな。飯作ってくれたのは、婆ちゃん」 「ふうん。そうなんだ」 「アカリこそ、ちゃんとした家庭で育ちましたって感じなんじゃない?」 「まあ、外面的にはね。中身は空っぽ。朝ご飯なんて、作ってもらったことない。いつも自分で食パン焼いて、それだけ。お弁当だって、自分で作ってた」 「そうなんだ」 「そうなの」  付き合って半年、同棲を始めてから二ヶ月だが、まだあまりお互いのことは知らない。きっと他の恋人たちが最初の1ヶ月で終えてしまうようなことも、まだ二人はこなせていない。燃え上がってしまえば、燃え尽きて灰になるのが早いだろうと、お互いに躊躇しているのだ。 「私ね、人身事故、見たことあるよ」 「へえ、どんな感じ?」 「向こうでみんな騒いでるから、何かなって思って、見に行ったの。そしたら、真っ赤なイチゴジャムみたいな塊がね、そこらに落ちてたの」 「へえ」
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