瓶詰めジャム

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「みんな、見たくないけど見たい、って感じなのよね。私、思わず本体を探したの。でも、見つけられなかったから、全部ジャムになってしまったのかもしれない」 「なるほど」  陽介は、アカリの胸の文字を見て笑った。 「イチゴジャムさん、だ」 「そう、イチゴジャムさん、なの」  ぱあっと朝日が入り込んで、食卓が一気に明るくなった。  陽介が目を細める。光を受けた前髪が茶色く輝く。真っ黒な髪と思っていたのに。うつむき加減に、無表情で朝食を摂る陽介を、アカリは頬杖をついたまま、ただひたすら見つめた。まつげの長さや、唇の形を記憶に焼き付けるように、ただ見つめた。見られているのを気にする様子もなく、陽介は機械的に食事をする。十五分ほどそのまま二人は無言だったが、陽介が咳払いをした後、口を開いた。 「お前も食えば」  いつも通る道。  静かで人通りも少ない。数年前まで暮らしていた街と少し似ている。でも全然違う、とアカリは自分に言い聞かせた。  アカリはここまで逃げてきたからだ。  思い出したくない過去はたくさんあるけれど、逃げても逃げても追いかけてくる思い出から、やっとのことで逃げ出せるようになったのが、今の街だ。ここまで来るのに、時間も距離も必要だった。何より、陽介と出会ったことが一番の薬だったのかもしれない。  ゆっくり出勤して、いつものオフィスワーク。定時で帰れることは滅多にないが、遅くなる日は、陽介の勤める駅前の楽器店に寄って一緒に帰る。この安心感が今のアカリを支えている。依存はよくないと誰かが言ったが、ただ明日を生きる為には手段を選ぶ必要はない、とも誰かが言った。どれが正しいのかわからないが、今のアカリには陽介が必要だ。  そんな、いつもの道。  なぜかこの日は、仕事が早く終わってしまって、社員一斉に退社することになってしまった。たまには早く帰って、何か手の込んだものでも作るか。アカリはそう考え、スーパーで食材を買い込み、ぶらぶらと鼻歌まじりに帰路についた。  途中、公園が目に入った。なんでもない、ただの公園だ。いつも通る道にある、人気の少ない小さな公園。  アカリは歩みを止めてしまった。  公園にある、公衆トイレが目に入った。  子供達が数人、遊具に向かって走っている。笑い声や砂を踏む音が響いているのに、アカリには聴こえない。
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