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「着物を買いに行こう。」
春未だ遠い、二月の末日。
AM7:00の肌寒いダイニングではこの日、淹れ立ての熱いコーヒーを啜りながら、訝冴流は全く唐突にそんな事を呟いていた。
「………き も、の?」
唐突だった。否、唐突過ぎた。
唯でさえ今日は、この彼が自力でしかも自主的に増してやこんなにも早い時間に起床するというとんでもない“奇跡”を一つ、目の当たりにしたばかりだと言うのに。
その上、その直後。
この予想だにしない発言である。
彼と、テーブルを挟んだ向かい側でスクランブルエッグをつついていたジェダイトはそのなんの脈絡も無い発言に唯々、放心するしかなかった。
「そう。成人式や、結婚式なんかで着るだろう?ああいう着物をな……いや、実を言うと君にプレゼントをしたいと思っているんだ。」
呆然とする彼を余所に冴流はまた同じようにして、先程よりほんの少し温くなったコーヒーを啜る。
「着物……俺、に?冴流が?」
「ああ。嫌だろうか?」
消極的に発したセリフに反して、臆面も無く目の前の相手を見据えて三度目のコーヒーを啜る冴流に……そうされたジェダイトの方が逆に気後れしてしまいそうだった。
そして彼の、未だ気怠さの残る寝起き特有の眼差しに見つめられていては……それは徐々に、気後れというより寧ろ気恥ずかしいという思いに変わってしまうもので。
「……ぅ、えっ…と///
ぃ…いやじゃないよ!着物……冴流が、買ってくれるなら……その、似合うかどうかは……分からない、けど。でもいやじゃ、ない…から……///」
「それは良かった。
ああ、ジェダイト君……似合うかどうかなんて、そんな事は心配する必要は無い。君はいつも、何を着ても……そうとても、麗しい。そう思うから、俺はこの提案を君に……だから心配は要らない。」
「………さぇ、る///」
「写真を撮りたい。美しい着物を纏った美しい君の姿を……写真に。出来れば動画にも。」
「そ…っ、ぅ……別に、いいけど///」
「……そうか!ありがとう。愛している。」
「………ん///」
春未だ遠い、二月の末日。
AM8:00の肌寒いダイニングではこの日、すっかり冷めきった四度目のコーヒーを啜りながら、そのカップの陰で訝冴流が小さくほくそ笑んでいたなんて事を、ジェダイトは知らない。
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