桜の母 *和風ファンタジー小話*

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桜の母 *和風ファンタジー小話*

ふわり、ひらり。 薄紅色の桜の花弁が舞い落ちる。 そよそよ。ざわざわ。くるくるひらひら。 しかし春の暖かなそよ風に吹かれれば、それだけで優雅な動きは変化して、花弁は激しく舞いながら狂い落ちる。 なんと風雅な情景であることか。 風によって頬にのった桜の花弁を摘まみ、口遊む。 『青葉に移りし桜よ。我想はば、我包む際の花弁を降らせたまへ。』 ふわりふわりと舞っていた花弁がその言葉に応えるように、周りで円を描いた。 『…桜の君よ。どうか、その姿を見せたまへ。』 肩を震わせ言えば、目の前に現れる艶やかな緑の黒髪。 『ああ、愛しき桜の君。我は永久に汝を愛し続く。我が死に後も、我のことを覚えたりたまえ。』 『ふふ…。下手な詠ですこと。』 『っ下手………そんな…笑わずともよろしいではありませんか、桜の君。されど、真に忘れないで下さいね。貴女はこれからも長い時を生きるのですから。刻んで下さい。貴女を愛した私のことを。』 『ふふ…。どうかしら、でも…。』 桜の花弁に飾られた黒髪を愛おしく思いながら撫でつつ言うと、桜の君が私の頬に手を伸ばし優美に微笑んだ。 『私は在り続けますわ。私は枯れることの許されない、世に散る桜達の大いなる母ですもの。貴方の子々孫々、見守りましょう。ふふ…でも可愛い貴方をきっと私は。』 ひらり、ひらり。ひらり、ひらり。 桜の花弁が舞い桜の君を覆い尽くしていく。 『桜の君!!』 薄紅色に隠されてゆく桜の君を抱きすくめようとするが花弁にさえ届かない。 『桜の君っ!!私は、私は貴女を真に愛しておりました。真に…っ!!』 空に舞い上がり離れていく花弁の塊に叫ぶ。もう、彼女に逢うことは叶わない。 都に行けば最後、この地には戻れない。 『ふふ…私も愛しておりましたよ。貴方という人の子を。愛しておりました………。』 その慈愛の籠もった声は空に消えて、私の許から完全に去っていった。 『…………誰にも。』 佇んだままで呆然と空に視線を向けていた私の口から空しい呟きが洩れた。 『…誰にも縛られない孤高の桜。貴女は永久に麗しいままでしょう。』 なんの気配も無くなったこの場所で、薄紅色の絨毯の上に座り込む。 目の奥が熱くなり景色が歪んだ。 静かに両手に掬った桜の花弁に、透き通った哀しみの雫が零れ落ちた。
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