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女性の楽しげな笑い声に男が不機嫌に腕を組んだ。
「顔を見て笑うなど無礼な。…まぁよい。今一度問うぞ、貴方は桜の君か。」
「あら、また…ふふ。懐かしい呼び名ですこと。桜の君だなんて、最後に聞いたのは何時だったかしら…。」
「桜の君であることを認めるのだな。」
「そうね…。昔、その見目に似合わない可愛らしい心根をした人の子が私のことをそう呼んでいたこともあったかしら。本当に遙か昔のことですもの。記憶が朧気で、頼りないわ…ふふ。」
女性もとい桜の君は飄々と男の問いに答える。何かを隠しているような、曖昧な言い方だった。
桜の君のその態度に、男は呆れたように溜め息を吐く。
「わざとらしいまでに腹の立つ物言いだな。」
強く眉根を顰めた男は持っていた風呂敷を広げてその中から何かを取り出す。
それは鞘の上から一枚の呪符が貼られている短刀だった。
男は短刀を桜の君に見せるように突き付ける。
「これを見て何か思うことはないか。」
「思うこと?ふふ…物騒ね、よく切れそう。でもどこか懐かしい…いえ、愛おしいわ。何故でしょう…不思議な刀。ねぇそれが何なのか、教えて下さらない…?」
桜の君の柔らかで優しい声が男の耳に入り込む。
桜の君の未知なるものを見た童のような無邪気な問い掛けに、男は先程の苛立ちが消えていくのを感じた。
その初めての感覚に男は狼狽えた。
これが桜の君という大妖の力なのか。相手の心を掴み、惑わし支配する。なんと恐ろしい力だ。
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