第1話

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 一昨日の夕方。暗くなり始めた頃。人気の少ないコンビニへ出かけた。コンビニに出かけるなんて珍しいことだ。その日はたまたま好きな雑誌の発売日だったことを思い出したのだ。隅の方で雑誌を立ち読みしていたら、腕を組んだカップルが入ってきた。店長と元カノだった。店長は木崎を見てニヤリと笑い、元カノはチラッと見て鼻で笑った。その瞬間、木崎は理解した。  彼女は新人バイトに寝取られただけでなく、店長とも関係があったのだ。店長や他の連中は全て知っていて、陰で木崎をずっと笑っていた。ずっと、馬鹿にされていた。  木崎は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。呼吸が苦しくなって、コンビニを出た。這うように家に帰り、顔を洗って髭を剃った。人間、気が動転している時ほどわけのわからない行動をする。新聞の折込広告の裏の白い部分に、しばらく帰らない旨をマーカーで書き記し、食卓に置いた。冷蔵庫の中にあった缶ビールを飲み、残り物の秋刀魚の煮付けをつまんで、それから家を飛び出した。足がもつれても走り続け、近所の駅のトイレで、吐いた。どうやら食べ合わせが悪かったらしい。トイレの個室で声を殺して泣きじゃくり、ひとしきり泣き終わると外に出て、再びビールを買って飲んだ。  そこからは、ほとんど記憶がない。  胸焼けが続き、コーヒーか何かで誤魔化しながら、その時目の前に来た電車に、乗っては降りてを繰り返した。いつしか、どこかの駅のホームで朝日を見て我に返った。どうやら自分は、ずっと泣いていたらしい。  赤のペンキが剥がれた木製のペンチに崩れるように座っていた。  立ち上がって腰をさすり、近くにあった自販機で適当に何か買った。出てきたのは、冷えていないビールだった。  またビールかよ。と笑った。  味も何も感じないまま飲み干した。すると、ちょうどバス停に一台のバスが停まったので何も考えず乗り込んだ。晴れていた空が曇り出し、みるみる大粒の雨が降り始め、木崎はまた泣いた。半分はビールのせいだとは思う。心地よく揺れるバスの中で、心地よく泣いた。  そして、たどり着いたのが、ここ。  もう、日本地図上の何県にいるのかすらわからない。道路脇の看板に「国道○号線」とあるが、○の部分はいたずらか、まるで拳銃で撃たれたかのように穴があいていて読めない。そういえば携帯電話は家に置いてきた。連絡する相手なんて思い浮かばないけれど。
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