おっさんとアタシ

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5.  市民病院だけあって、お見舞いは、受付で住所氏名を記載し、関係者であることを伝えれば、誰でも病室に入ることができた。  旧式のエレベーターが8階に到着し、ゆっくりと扉が開く。水谷が降りると、エレベーターはすぐに扉を閉じ、下へ降りていった。  605室。あれだけの暴行を受けたのだ。どんな状態か見るのが怖かった。それに、母親が起きていたら、自分の今の姿をどう説明しよう。母親は加害者グループの顔を見たわけではない。だから、会っても大丈夫とはおもう。しかし、まち子はまったくの他人。お見舞いにくる理由はない。  そーっとカーテン入り口から病室を除くと、母親は包帯が巻かれた自分の体の横でこっくりと居眠りしていた。かわいそうに、今日はいつもと同じ日だったはずなのに、きっとここまでやってくるのに、様々な面倒なことがあったのだろう。警察に事情を聞かれて、病院へは入院の手続き。なにより、息子が血まみれになって帰ってきたのだから、その精神的負担は計り知れない。  あなたの息子はここにいます、と言いたかった。  でも、寝ているのは、幸いであった。水谷はそっと病室に忍び込み、包帯でぐるぐる巻きにされて、顔のそれも、目の部分しか露出していない自分の姿を見て、唖然とした。  いま、この体に戻れたとして、戻ったら、その苦痛は計り知れないのではないかと思う。傷が治るまで、戻らない方がよさそうだ。  しかし、ゆくゆくは戻らねばならない。ひとまず、水谷は、そっと手を触れてみた。あたり前だが何も起きない。   次に、そろりと布団をめくって、足をだし、それをそっと掴んでみた。襲われたとき、まち子にしたのと同じように。もっと力を込めると、包帯でまかれた水谷はうめき出した。意識というよりは、体が発している声なのだろう。自分の体が痛がっているのを見て、なんとなく、気の毒になり、そっと布団を戻した。 「こまった」 水谷が、包帯まみれになった自分の体を見つめて、頭をひねった。電話のまち子は、さっきからずっと黙ったままだった。  傍らには、すっかり背中の丸くなった母親が、こっくりと船を漕いでいた。水谷の容態がよくならなければ、母親はひとりぼっちになってしまう。仮に体自体が快復しても、意識が戻らないかもしれない。  不意に、水谷は、目のまえが涙でにじんだ。あわてて手で拭う。化粧が手についた。
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