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鉄格子越しの横顔は、どこか穏やかだ。
「ねえ、早くここから出してよ」
ベッドに腰掛け、足を揺らしながら窓の外を眺める。窓にも格子が嵌められている。狭くて暗い部屋だ。窓の外は、新緑の草原が広がり、黄色の花の群生が鮮やかに映えている。どこか故郷の村の風景に似ている。
「ごめん。まだ、だめなの」
そう答えると、横顔が子供のように口を尖らせて、その後ぱっと花咲くように笑った。
「真理子、私、本当に何もしないよ? ね? だから、ここから出して。お願い」
駆け寄ってきたと思うと、すがるように鉄格子を握って、小首を傾げた。ゆるくカールした長い髪が揺れる。
「ごめん、私にはどうすることもできない。どうしたらいいのかも、わからない」
私は自分の右手首を、左手で思い切り握った。癖なのだ。鉄格子から、ゆっくりと白い手がのびてきた。私は咄嗟に払い避けてしまった。
「怖いの? 真理子。私が」
「ごめん、マリコ」
彼女、マリコは困った顔で微笑んだ。
「本当に、私は何もしてないの。偶然よ。超能力? 何それ。私にそんなこと、できるわけがないじゃない。真理子なら知ってるでしょ?」
私とマリコは腹違いの姉妹だ。マリコの母と私の母は双子で、私たちは偶然同じ日に生まれた。双子のように育てられたが、一つだけ違うことがあった。マリコは、成人するまで村から出られなかったのだ。
「亡くなったおばあちゃんの言ってたことなんて、全部迷信だよ。私も真理子と同じ、普通の女の子なんだよ」
父は都会から来た医者だった。村に来てすぐ、私の母と結婚した。しかし、母と母の姉であるマリコの母が懐妊したことが同時であることから、すぐに知れ渡った。
私は父と暮らし、マリコは祖母と暮らした。マリコの母は、マリコを産んですぐに自殺し、後を追うように、私の母も病気で亡くなったのだ。
私とマリコは、幼い頃いつもいっしょにいた。
村人は、それを見て不気味だと言った。特に、マリコは疎まれた。不貞の子だと罵られらた。
そして、私とマリコが五歳の時、父が怪死した。
私はあまり覚えていない。
マリコと手をつなぎ、走り出した時、背後で低い音がした。花の香りがした。見たことのない美しい薔薇の花が目の前いっぱいに広がった。青い薔薇だ。マリコと顔を見合わせて、
「キレイだね」
と、微笑みあった。薔薇が花びらを落とし、熱気と共に濃厚な香りが一瞬にして消えた。
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